Contents 1. インドにおける労使関係の歴史 |
1. インドにおける労使関係の歴史
インドにおける労使関係の歴史は、19世紀後半における産業化と共に始まった。
英国企業における長時間労働、低賃金、過酷な労働環境等の不公平な労働慣行に対して非公式の労働組合活動は行われていたが、インド初の組織的なストライキが行われたのは1918年のマドラス労働組合の設立時であった。それが引き金となり1920年には、インド初の国家労働組合組織である全インド労働組合会議(AITUC)が設立された。その後、インドにおける労働組合運動は解放運動下で発展したものの、政治路線の違いによりいくつかの労働組合に分裂し、1949年までにはAITUC、インド国家労働組合会議(INTUC)、インド労働者連盟(HMS)及び統一労働組合会議(UTUC)の4つの主要な労働組合が組織された。
1919年にILO憲章を批准したインドは、労働政策の基本理念として三者構成原則を採用した。労働者階級に合法的権利を与えるため、三大法規制(労働者災害補償法(1923)、労働組合法(1926)、賃金支払法(1936))がこの時期に制定された。英国審議会の推奨勧告に基づき、常任労働委員会及びインド労働会議のような重要な三者構成フォーラムも1941年までに設立された。
1947~1966年には、インドの産業開発のための外形が形成されると共に、多数の重要な労働法規制(産業紛争法(1947)、工場法(1948)、従業員状況保険法(1948)、従業員積立基金法(1952)、賞与支払法(1965))が制定され、インドの労使関係を形作った。
1966~1980年までは、石油ショック、経済の停滞、鉄道や繊維産業における大規模ストライキに伴う紛争が多発し、労働組合数が増加した。二つの重要な法規制である請負労働(規制及び禁止)法(1970)及び退職金支払法(1972)もこの時期に制定された。
1981~1990年において、国内産業は生産性及び品質向上に舵を切り、個別企業レベルの組合も増加したが、同時に職業病も増加した。この時代はムンバイの織物産業において長期間のストライキが発生するなど労使関係が悪化し、膨大な労働損失日数が計上され、ストライキやロックアウト数が増加した。
インドがグローバリゼーション及び自由化の時代に突入した後の1991~2008年までは、構造調整及び経済改革の多発により、GDP成長率が7%となった。また、サービスセクターが雇用の成長の主要因となり、製造セクターも成長した。特定セクターによる政府の政策に対する単独ストライキは、多くの労働損失日数を計上したが、労使紛争数は激減した。
2008~2012年には、複数の企業で暴力事件が見られ、労働の柔軟な構成要素としての請負労働は労使紛争の種となった。グローバル経済の減速の影響はインドにおいても感じられ、失業をもたらしたが、ポストグローバリゼーションの時代には、全体として、労使紛争は減少した。
2. 労使関係(IR)の現状
インド経済にとって現在は、労働集約型からハイテク、製造業からサービスセクターへの移行期である。高度都市化は農地を枯渇させ、集合的な構想を生み、ロボット・AI・オンライン操作の使用増加は、労働の性質を変化させている。しかし、伝統的な労使関係の枠組みは、主に後述の要素により形成される組織化されたセクターに紐付いている。
【三者構成原則及び二者構成原則】
ILO憲章を批准するインドは、労働方針の中核として三者構成原則を採用した。現在、30以上の三者委員会があり、インドにおけるIRの多様な側面をカバーする幅広い政策指標を協議、展開している。しかし、企業レベルでは、日々のIRを維持するために、不平是正委員会(Grievance Redressal Committee)、安全委員会、福祉委員会等の異なる二者委員会を通じた参加型管理を含む二者構成原則が採用されている。労働争議法(1947)は、従業員100人以上の企業において「労働委員会」という法定委員会の設置を規定している。同様に、不平是正委員会は従業員20人以上の企業において設置されており、これらの2つの法定委員会は、紛争数の抑制に貢献している。
【団体交渉】
団体交渉は労働組合が賃金補償等を交渉するモデルであり、労使関係の重要な特徴である。団体交渉の解決には通常3年を要するが、4年かかる企業もある。団体交渉が失敗すると、産業不安が懸念されるが故、交渉時には経営者と労働組合は双方共、十分に注意を払う。複数の組合がある場合、労働者の過半数を占める労働組合が交渉のテーブルに着くが、過半数に達する組合がない場合、3~4つの上位組合が合同で交渉協議会を形成する。また、労働組合との二者間労働協約に失敗した場合は、三者間協定として、政府の仲裁が行われる。
【労働組合 — 使用者団体】
インドの労働組合は解放運動下で発展したため、政党の両腕として考えられている。インドには三者協議の一部である以下の12の中央労働組合がある。
(1) インド労働連盟 (BMS)
(2) インド全国労働組合会議 (INTUC)
(3) 全インド労働組合会議 (AITUC)
(4) インド労働組合センター(CITU)
(5) インド労働者連盟 (HMS)
(6) 全インド労働組合中央評議会 (AICCTU)
(7) 全インド連合労働組合センター (AIUTUC)
(8) インド全国草の根労働組合会議 (INTTUC)
(9) 労働革新連合 (LPF)
(10) 女性自営者協会 (SEWA)
(11) 労働組合協同センター (TUCC)
(12) 統一労働組合会議 (UTUC)
同様に、インド政府に承認されている12の三者協議参加使用者団体がある。
(1) 全インド経営者連盟 (AIOE)
(2) インド経営者連盟 (EFI)
(3) 公企業常任委員会 (SCOPE)
(4) 全インド製造団体 (AIMO)
(5) Laghu Udyog Bharti (LUB)
(6) 全インド工業協会 (AIAI)
(7) インド工業連盟 (CII)
(8) PHD商工会議所
(9) インド商工会議所連盟 (FICCI)
(10) 商工会議所連合会 (ASSOCHAM)
(11) インド小工業団体連合 (FASII)
(12) 小工業インド評議会 (ICSI)
上記団体は政府と一体となって、労働及び社会的政策を策定する。IRの様々な側面をカバーする三者委員会は30以上あるが、常任労働委員会(SLC)及びインド労働会議(ILC)が労働政策に関する2大意思決定機関である。
【紛争解決方法】
紛争が内部努力で収束しない場合、労使どちらかが主導し調停役となり、調停も失敗に終わった場合は、労働裁判所または労働審判所での裁定となる。労働裁判所または労働審判所の判決に対し、高等裁判所や最高裁判所で異議申し立てすることができる。また、ストライキやロックアウトとは別に、「サボタージュ」や占拠スト、順法闘争のような静かな形の扇動もある。
【インフォーマル・セクター】
現在、インドの4億7000万以上の労働人口のたった10%がフォーマル・セクターに所属している。言い換えれば、インドの労働者の90%が社会保障等の正規雇用者が享受している権利を所持しない。労働組合は現在、非組織化セクターへも会員を広げ始め、サービス状態を改善している。
【雇用・失業】
第68回全国標本調査(NSS)は、雇用が前期と比較して、2009-10年から2011-12年までに非常に拡大したことを示した。2004-5年から2009-10年までの雇用増加は、たったの110万であったのに対し、2009-10年から2011-12年では1,390万人の増加であった。
3. IRにおけるグローバリゼーションの影響
資本、技術及び情報の自由な流れを伴うグローバリゼーションは、労使関係に深刻な影響を与えている。企業は、グローバリゼーションによってもたらされる熾烈な競争を避けるため、新しい戦略、機構、施策の採用を迫られると同時に、非常に多くの成長と発展の機会を得た。グローバリゼーションは、以下のような方法でIRに影響を与えた。
– HR(人事管理)がIRに取って代わった。
– 生産プロセスの多角化により、外部委託の崩壊やサプライチェーンの課題を増加させた。
– 短期・契約雇用を用いたコストカットにより、労働争議に至った。
– 技能の陳腐化と技能向上の必要性。
– 製品のデザイン、仕様及び耐久性に対する消費者ニーズの変化により製品寿命が短くなった。
– 熾烈な競争がマージンを押し下げ、コスト競争を生み出した。
– 技術の伝播及び労働移動の増加
<IRにおける共有価値を創造する課題及び機会>
・ 労働及び多文化労働力の管理
・ ハイテク及び熟練作業の課題
・ ディーセント・ワークに焦点をおいた、ILO条約の尊重及び促進
・ 金融包摂:社会保障及び最低限の社会的保護
・ 二者構成主義(Bipartism)及び企業民主主義の促進
・ 受入国の法律の尊重
・ 調和のとれたIR文化:平和的紛争解決
・ 生産性及び品質の連帯責任
・ 個人のアイデンティティーに対する組織及びグループのアイデンティティー
・ 組織の定款・規則の尊重
・ ワークライフバランスの管理
・ 多国間協力の拡大
グローバリゼーションに関する課題克服のための、インド企業の取り組み。
(a) 生産性及び品質向上
・ カイゼン、5S、リーン生産方式、TPM、シックスシグマ及びQCセッションに関する提案制度導入。
・ 小グループ活動 – 3M(人、機械、材料)改善のための工場内における小グループの形成。
・ マイクロ会議:担当シフトや品質・生産性に関する課題についてライン人員との定例会議の実施。
(b) ジョイントフォーラム・産業レベルでの団体交渉
・ 複数の組合の場合の、企業による団体交渉のためのジョイントフォーラムの設置。
(c) 研修及び技能開発
・ 外部教員だけでなく、資格や経験のある技術者による、新入社員への技能検定研修の提供。
・ 従業員向けの技能開発や行動発達に関する継続的な研修。
・ 調和のとれた労働環境の創出のための、経営代表者及び認定組合・協会リーダー向け研修プログラムの組織。
(d) 参画及び従業員エンゲージメント
・ 従業員と経営陣が共にプレーする様々な屋内外ゲームの定期的な企画。
・ すばらしい提案に対する年2回(共和国記念日及び独立記念日)の表彰。
・ 労働者の家族への支援及び労働者の妻への雇用機会の提供。
(e) 福利厚生
・ 従業員の財政的ニーズに対応し、貯蓄性向を促進するための従業員協同組合の設立。
・ ケア&シェアフォーラム、ライフスキル研修プログラム、家計計画、子供の活動クラブ等。
・ 不測の事態における従業員及びその家族への支援。
・ 健康ベースの啓発プログラム。
(f) 企業の社会的責任(CSR)
・ 特に女性や少女を対象とする識字事業。
・ 子どもの栄養失調改善事業、精神疾患の特定・治療、若者へのライフスキル教育の提供。
・ HIV啓発イニシアティブ。
・ SC(Scheduled Castes) / ST(Scheduled Tribes)コミュニティーに属する優秀な学生への奨学金。
・ 生活改善事業。
・ 近隣コミュニティーへの必要ベースでの支援。
(g) ジェンダー配慮
・ 労働環境、上司や同僚との関係性等について議論するための女性研修生との会議の設置。
(h) コミュニケーション
・ 現行のビジネスシナリオ及び年次報告に関する、全従業員と取締役社長との直接的交流。
・ 問題解決に必要なインプットのための現場レベルにおける全顧客のフィードバックの共有。
・ 掲示板上への評価メッセージの掲載。
4. 持続可能な企業構築のための使用者団体から企業への提案
(2) 技術・行動分野を含む全分野における研修&技能開発。
(3) 法的コンプライアンスの促進。
(4) 社員教育。
(5) 現場レベルのコミュニケーション強化。
(6) 労働組合との関係性のバランス。
(7) 労働者及び組合との継続的な対話。