Contents 1. バングラデシュの経済概要、労働市場、人材育成 |
1. バングラデシュの経済概要、労働市場、人材育成
<経済概要>
バングラデシュは、2017年度GDPが1,538米ドルで低中所得国に該当する。2015–2016年度のGDP成長率は7.11%、2016-2017年度は7.28%、2006年から2017年の平均は6.5%と安定的な経済成長を続けており、NEXT11の一つに数えられている。IMFによれば2016年度において2番目に早いスピードで成長している経済圏である。
バングラデシュのこの高い成長率は縫製品輸出、海外労働者送金、国内農業に因るところが大きいが、現在は輸出志向型工業化を進めており、その鍵となる輸出産業は縫製業、造船業、漁業、ジュート産業、皮革産業である。製薬業、鉄鋼業、食品加工業の自給自足化も進めている。また、情報通信業も外国企業からの大規模な投資によってここ数年で急速に成長しており、政府はIT産業の発展を更に促すための取組みとして「デジタル・バングラデシュ」戦略を進めている。
しかし、財政赤字と年次開発計画の予算執行率の低さが現在最大の経済問題となっており、政府が掲げる成長目標を達成するためには国内政治の協調体勢を維持することが最も重要である。加えて、適切なインフラ整備、熟練労働者の育成、政策の持続性、政治的安定性、投資しやすい環境の整備が更なる経済成長の鍵であり、政府はこれらのボトルネックを取り除く対策をする必要がある。
<労働市場>
バングラデシュは2016年時点で約1億6千万人の人口を擁し、国民の平均年齢が23歳と非常に若い。しかし、多数の余剰労働力が存在しており、労働市場の発展が不可欠である。バングラデシュ統計局が発表している2015年–2016年における四半期労働力調査のデータによれば、15歳以上の人口うち6,210万人(男性4,310万人、女性1,900万人)が労働力人口であり、その内の5,950万人(男性4,180万人、女性1,770万人)が就業者、残りの260万人が失業労働者であった。
労働力人口の中でも若年労働力人口(15歳~29歳)は特に重要な意味を持ち、きちんと教育・訓練すれば国の資産とすることができる。若年労働力人口は、2002年–2003年は1,900万人(男性1,350万人、女性550万人)だったが、2015年–2016年には2,080万人(男性1,370万人、女性710万人)にまで増加しており、バングラデシュ統計局によると2026年には5,080万人まで増加する見込みである。政府は労働市場が望んでいるように若者の教育・訓練を促進する政策を打ち立てねばならない。
<人材育成>
バングラデシュがより速い経済成長を成し遂げ、競争社会で生き残り、社会を安定させるためには、労働力人口を生産的な人的資源に変えることが必須である。現在、専門的な技術教育を行う教育機関が数多く運営されているが、低レベルの技術教育しか実施できていないのが現状である。このような低レベルの技術教育を受けた労働者の需要は国内外を問わず極めて少ない。
政府は「ビジョン2021」を達成するため職業能力開発に力を入れており、国家職業能力開発委員会を設立し、技術教育機関、教育・訓練、トレーナー等の品質に関する事項を盛り込んだ国家職業能力開発政策を承認した。この政策はインターンシップ等の方法での職業能力開発の強化を推進している。また、この政策をサポートするために職業能力標準を設定する国家研修資格フレームワークをILOの支援のもと開発中である。更に、政府は、6件の職業能力開発プロジェクトを実施し、12の産業技能協議会を設立し、国家職業能力開発委員会の執行機関を設立した。少なくとも23の省庁、14,500の技術研修機関のもとで人的資源開発のための研修強化の取り組みが行われている。
政府だけではなく民間企業も自社で必要としている人材を積極的に育成しなければならない。例えば外国人労働者のほとんどが縫製業に従事しているが、関係業界がそのような技能労働者をバングラデシュ国内で育成すれば貴重な外貨の国外流出を防ぐことができる。官民で協力し技能労働者を育成することが重要である。
2.労使関係(労働組合・団体交渉・労働争議・苦情処理)
<労働組合>
バングラデシュでは2017年10月の時点で7,690の労働組合が登録されており、その特徴として政党との結びつきが強い、民主化の動きの中で重要な役割を担っている、経済基盤が弱い、組合役員や組合員が低学歴であるといったことが挙げられる。2013年にバングラデシュ労働法(2006年制定)の大規模な改正があったが、その中から労働組合に関するものをいくつか紹介する。
【労働組合の登録】
労働組合の登録が申請された場合、2012年までは労働組合登録官が使用者へその登録を通知しなければならなかったが、バングラデシュ労働法(2013年改正)第178条により通知する必要がなくなった。また、2017年5月より労働組合登録に関する標準業務手順書が導入され、申請から55日以内に登録が完了されることになった。
【労働組合の結成】
労働組合を結成するためには、労働組合が結成された事業所・企業における労働者数の30%以上が組合に加入していなければならないが、バングラデシュ労働法(2013年改正)第176条により、労働者数の20%以上が女性である事業所・企業に関しては組合役員の10%以上を女性とすることも義務付けられた。
【労働組合の保護】
労働者が労働組合の活動に参加することによって使用者から嫌がらせを受けないよう、バングラデシュ労働法(2013年改正)第187条により使用者は組合役員を転勤させることを禁じられている。
<団体交渉>
バングラデシュにおいて団体交渉は1969年に可決された労使関係法によって導入された。団体交渉の法制度に関してはバングラデシュ労働法(2006年制定)で規定されており、第209条・第210条において団体交渉は労働争議の解決のための第一歩とされている。団体交渉の主な活動として、雇用条件・労働条件に関する使用者との交渉、ストライキの通知、退職積立金等に関する労働者代表の指名が挙げられる。以下、2013年に改正されたバングラデシュ労働法の条項の中から、団体交渉に関するものをいくつか紹介する。
【団体交渉代表者の事務所設置】
バングラデシュ労働法(2013年改正)第202条第26項により、団体交渉代表者の事務所を事業所内に設置し、電気・机・椅子・戸棚・掲示板・扇風機等を準備することが使用者に義務付けられた。
【ストライキの実施】
ストライキを実施するためには、2012年までは労働者の4分の3の同意が必要だったが、バングラデシュ労働法(2013年改正)第211条第1項により無記名投票で労働者の3分の2の同意を集めれば良いことに変更された。
<労働争議>
バングラデシュ労働法(2006年制定)において労働者は労働裁判所での訴訟の前に労働争議を起こすことができるとされており、労働争議解決のためのルートが3つある。1つ目は司法によらないルート「交渉→調停→仲裁」、2つ目は司法によらないルートと司法によるルートの混合ルート「交渉→調停→労働裁判所→労働上訴裁判所→高等裁判所→上訴裁判所」、3つ目は司法だけによるルート「労働裁判所→労働上訴裁判所→高等裁判所→上訴裁判所」である。
<苦情処理>
バングラデシュでは使用者に対して労働者から様々な苦情が申し立てられるが、それを4つに分けて紹介する。
1. 個人の苦情 : 一人の労働者から出された苦情であっても、労働協約に記載されている権利を擁護することになり、労働者全員の助けになる。
2. 集団の苦情 : 複数の労働者に共通する苦情は労働者全体の苦情として申し立てられる。例えば、使用者が昼シフトの始業時間を変更した場合等である。
3. 事実に基づく苦情 : 雇用条件違反等の事実に基づく理由で労働者が不満を感じている場合、それは事実に基づく苦情と分類される。
4. 会社方針に対する苦情 : 労働者個人ではなく労働組合による苦情である。使用者が労働協約に違反もしくは誤った解釈をし、組合員全員が影響を受ける可能性がある場合である。
3.労使関係における共有価値の創造
(CSV : Creating Shared Value)
【機会と課題】
CSVとは、会社の競争力を強化すると同時に、運営拠点としている地域社会における経済的・社会的状況を発展させる方針および事業慣行である。通常、会社の指導部がCSVを立案する。CSVは、企業の社会的責任(CSR)や慈善活動ではなく、事業戦略の核をなすものであり、会社のリーダーの目を新しい顧客や市場、経費削減、人材保持などの社会問題の解決における競争価値を最大に高めることに向けさせる。また、これは、会社の事業に関係する社会問題を特定し取り組むことによって、評価可能な事業価値を生み出している企業に焦点を当てた経営戦略である。つまり、CSVとは、事業と社会のために、新しい経済的・社会的価値を創造することなのである。
【IRにおける共有価値の創造】
企業は、主に3つの方法により共有価値を創造することができる。
1. 製品及び市場を新しく考える :
企業は、既存の市場に役立ち、新しい市場に参加し、または社会的ニーズを満たす革新的な製品とサービスを開発しながら、同ニーズを満たすことができる。例えば、低価格の携帯電話を提供すれば、新しい市場機会と同時に、貧しい人たちのための新しいサービスを開拓することができる。
2. バリューチェーンの生産性を再定義する :
企業は、品質、数量、経費およびインプット、生産工程および流通システムの信頼性を改善することができるが、同時に重要な天然資源の管理者として行動し、経済的・社会的発展を促進することができる。例えば、製品の流通において過剰包装を減らすことにより、経費と環境破壊を減らすことである。
3. 地域経済のクラスター開発を実現する :
企業はその周囲から孤立して運営されているわけではない。競争に勝ち、繁栄するためには、信頼できる地元のサプライヤー、道路や通信といった良好に機能しているインフラ、人材の利用および有効で予測可能な司法制度が必要である。例えば、サプライヤーの技能開発によってこれを達成する。
バングラデシュのIR分野において、社会的価値の産出による共有価値の創造は、最も強力な影響力を及ぼすものの一つである。この考えは、顧客、生産性、および企業の成功に対する外的影響を理解する新しい方法を示しており、共有価値を創造することは、今日多くの企業が社会活動領域で行っている多くの取組みより、有効であり、さらに持続可能である。CSVは、新しいニーズ、新製品、新規顧客、およびバリューチェーンを形成する新しい方法を切り開くものであり、その機会は広範囲に広がり、増え続けている。
より多くの企業が、有形社会的便益を実現する利益性のある事業戦略を開発して、共有価値を創造している。この考え方は、より新しい利益機会および競合優位性を同時に生み出しているが、この概念を実行する取り組みはまだ始まったばかりである。
【労使関係における共有価値の創造】
一般に、企業は、社会的目標に向けた進捗、とりわけ、事業の経済的価値を通じて社会的実績が向上する度合いを測らなければ、どの程度IRにおける共有価値を創造しているか認識できない。また、企業は社会的成果と事業実績間の相互依存性を追求する際、革新の機会、生産性、多様性、社会的影響のグローバリゼーションに対する機会を再び関連づけようとする。
社会的成果と事業業績を関連付ける評価手法は、企業にとって共有価値を引き出すのに非常に重要であり、共有価値の効果的な評価は、十分に練られた共有価値戦略から始まる。そのような戦略を練るためには、企業は焦点を当てるべき重要な社会問題を特定し、関連する事業活動を計画しなければならない。言い換えると、共有価値戦略は、評価によって投資家の目に見えるものとなる。
共有価値により、企業は、社会的利益を生み出すような正しい種類の利益に焦点を当てるようになる。企業が、もし特定事業に関連する共有価値を創造すれば、社会全体の利益となるだろう。また、共有価値の創造は、社会的・経済的発展の関連を特定し拡大することに集中している。経済的・社会的発展は、価値(費用に関連する利益)原則を用いて取り組まなければならない。ビジネスでは、社会問題を価値の観点から捉えることはほとんどなく、重要ではないこととして扱ってきたが、共有価値は事業と社会に何らかの価値を加え、それが称賛に値する注目を浴びることにより、社会的に有益な事業の発展に大きく貢献する可能性がある。