AOTS海外労働関係情報メールマガジン 第73号~第75号

Contents

    タイにおける労使関係の状況
    1. タイランド4.0
    2. 労働状況・労使関係
    3. タイ経営者連盟(ECOT)の取り組み

 

1. タイランド4.0

この40年間で、タイは社会的・経済的に目覚しい進歩を遂げたが、とりわけ1980年代の成長と貧困削減は注目に値する。1960~96年に同国経済は年率7.5%で成長し、1997年のアジア通貨危機後は5%で推移(1999~2005年)、何百万という雇用を生み、何百万人をも貧困から救った。福祉面での向上も著しく、子どもたちの教育期間は伸び、健康保険については、ほぼ全国民がカバーされている。一方、2005~2015年の成長率は3.5%と減速し、2016年は2.3%に落ち込んだものの、2017年には3.5%に回復し、2018年も3.6%と見込まれている。

貧困率は、1986年からの約30年間で、67%から7.2%にまで減少したが、経済成長の減速、農産物価格の下落、ここ数年来続く干ばつにより、貧困と格差は今なお深刻な課題となっている。同国内に存在する710万人の貧困層の80%以上が農村地域で暮らし、その内の670万人は貧困ラインを20%も超えたところで生活している(2014年)。過去30年間で格差は縮まったが、世帯収入や消費の上での格差は全国で見られる。

同国の経済回復の度合いは、インクルージョン(共生)を推進しながら、いかに早く構造的な制約を成長に転じられるかにかかっている。20年国家戦略(2017~2036年)での長期目標は、経済的安定、人的資源の確保、平等な経済機会、環境持続性、競争力、有効な政府官僚制等を通じ、同国を先進国の仲間入りにさせることである。近年行われている改革には、鉄道路線の複線化に関係したインフラ・プロジェクトの導入、ビジネス上の規制緩和、国営企業政策委員会の設立、相続税の導入、国家貯蓄ファンドの創設、非正規労働者への退職補償等がある。これらの改革に欠かせないのは、一定ペースの継続性、改善の質、健全な導入により競争力低下を防ぐことであり、公共セクター、教育、技能の改善は、特にタイを高所得国にするのに重要となっている。

「タイランド4.0」は、タイ経済をイノベーション主導に変えるビジョンである。4.0に至るまで、農業主導の1.0、軽工業主導の2.0、重工業主導の3.0と段階を踏んできた。4.0には、次に掲げる3つの要素がある : 1) 研究開発、科学技術等の知識主導の経済開発を通じた高所得国入りの実現、2) 繁栄と開発の成果に平等にアクセスできる共生社会への移行、3) 環境を破壊することのない持続的な経済の成長・開発の遂行、である。

「タイランド4.0」には以下の4つの目標がある。

1) 経済的繁栄 : イノベーション、技術、創造性という価値観が主導する経済をつくる。研究開発費をGDPの4%にまで引き上げることを目標とし、5年以内に5~6%の経済成長率を達成し、一人当たりの国民総所得を、2014年の5,470米ドルから2032年には15,000米ドルを達成する。

2) 社会的幸福 : 社会全員の可能性を実現できるような共生社会をつくる。格差を減らし、20年以内に社会福祉国家に完全移行し、5年以内に2万世帯の「スマート農家」を創出する。

3) 人的価値の引き上げ : 国民を、「21世紀の有能な人間」にする。10年以内に人間開発指数(HDI)での世界トップ50入り、20年以内に5大学の世界トップ100高等教育機関入り、を目指す。

4) 環境保護 : 気候変動と低炭素社会に対応できる経済制度を持つ住みやすい社会になる。世界で最も住みやすく、テロの危険が少ない10都市に入る。

「タイランド4.0」は、以下の4つの主要要素を通じた制度改革である :1) 伝統的農業を、管理と技術を重視した近代的農業に変え農家を裕福にする、2) 伝統的中小企業又は公共中小企業を常に支援し、スマート企業及び高業績企業にする、3) 低コストの伝統的サービスから高価値、最高仕様のサービスへ移行する、4) 高度な技術を持たない技術者を熟練した技能や技術を持つ技術者に変化させる。

このように、「タイランド4.0」は、伝統的な農業をスマート農業に、伝統的中小企業(SME)をスマート企業に、伝統的サービスを高価値サービスへ変えていくであろう。

2. 労働状況・労使関係

<労働状況>
近年、タイでは新たな労使関係理念に基づき、労使紛争を防止するための対策及び労使紛争に対する是正措置が取られている。新しい理念は、企業の労務管理・労使関係が変化するテクノロジーについていけるように、情報交換、労使協議、協調的な団体交渉等を重視している。また、労働者が幸せに暮らせるよう、技術や知識を高めることも強調している。

1997年の通貨危機は多くの失業者を生み出した。タイ労働保護福祉局によれば、国内約34万社の内、5,700社あまりが倒産、46万人以上が解雇された。また労働争議も増え、512社で労使紛争が発生、約56,000人の従業員が関与し、最終的に15社でストライキが勃発した。

タイ政府はこの危機を解決するために、1999年3月30日の内閣決議で、経済を刺激し社会的影響を緩和するための財政措置を導入した。また使用者団体、労働者、政府の三者会談では、「経済危機下での労使関係促進のための実践ガイドライン(1998年)」を策定することを決めた。ガイドラインでは、使用者に労働状況や事業成果の公表を奨励し、使用者と労働者双方に(使用者・労働者)二者間の合同協議、意見聴取、事業継続のためのコスト削減にかかる協力を奨励している。使用者と労働者は、この二者間制度が、組織の労働者間の協議、協力、理解に資し、将来の紛争を防止し、現在起きている事態を正し、労使の衝突を抑制することができると認識している。(ガイドラインには)このほか、解雇された労働者への就職斡旋サービス、失業者への技能開発などの方策もある。三者の努力により状況は改善され、1997年から労働争議は継続的に減少している。

その後、米国に端を発した2007年の金融危機は、タイにも大きな影響を与えた。タイは、欧米や日本への輸出により国の収益の半分を得ていたが、受注が激減したため、2008~2009年の成長率も低下した。これにより153企業が倒産し、約3万人が解雇された。加えて、労使問題が増加し、429企業において労働者から要求書が提出され、約48,000人が関与した100の労働紛争が発生した。2009年には、経済危機を受けて、多くの企業が賃金凍結、賞与の減額もしくは賞与を支給しないという措置をとった。労働者側はこれを不服とし、44回の抗議行動を行ったが、政府が調停メカニズムを用い、最終的には労働者は抗議を止め、仕事に戻った。

タイの労働力人口3,817万人のうち、就業者は3,765万人、失業者は45万人である。専業主婦や学生、子どもや高齢者などの非労働力人口は1,784万人である。失業率は2017年9月の1.2%から、10月には1.3%へ上昇した。2001年から17年までの失業率の平均は1.45%であったが、最高は2001年1月の5.73%、最低は2012年11月の0.39%であった。

<労使関係>
タイの労使関係は政治、経済、社会の変化の影響を常に受けてきた。第二次世界大戦後の1945年には、産業やインフラの発展により、農村部の多くの住民が大都市に職を求め、組織化し様々な労働活動を行った。1956年には、使用者と労働者のより良い関係を築くことを目的としたタイ初の労働法が発布された。1965年には、増え続ける労働争議とストライキに対応するために、政府は労働争議調整法を制定した。同法には、要求書の提出、団体交渉、紛争和解の手順が定められているが、使用者及び労働者を代表する組織を作ることを禁じている。1972年、内務省は労働法を発効し、労働者が集団を組織すること、また使用者が集団を組織することは認可したが、労働組合を作ることを認めなかった。

1975年の労働関係法通過により、国際標準に基づく、民間セクター労働者の基本的権利が認められ、労働者に組合、労働連盟、労働大会を組織する権利が与えられた。労働者組織の活動も同法によって保護されている。同様に、使用者も使用者団体等を組織する権利を与えられ、以降、労働者や使用者の団体が数多く生まれている。

同法は、企業レベルでの労働者組織と使用者間における労使協議を、2つ規定している。1つは、使用者と「労働者委員会」と呼ばれる労働者代表の二者間協力による協議で、従業員数50名以上の企業に労働者委員会の設立が求められている。もう1つは、使用者と、労働者代表又は労働組合との交渉についてである。

また同法は、労働争議和解の手続きも定めている。紛争が発生した場合は調停者に相談するが、紛争が解決できない場合、両当事者は仲裁人を任命するか、又はストライキ等の抗議行動をすることができる。特定重要事業(鉄道、発電、流通、水道、病院など)で紛争が発生した場合、抗議行動は禁止され、未解決紛争は労使関係委員会に提出、審議される。さらに労働大臣が、未解決紛争が国の経済や公序良俗に影響を及ぼす可能性があると判断した場合、労使関係委員会にそれらを考慮して決定するよう命じることができる。

<二者間協議>
タイでは、企業レベルの労使間の協議は委員会の形式をとっている。労働者50名以上の企業には次の3つの委員会を設置することが求められている。

1) 75年の労働関係法に規定された、労働条件改善に関する「労働者委員会」

2) 98年の労働者保護法で規定された職場の安全、衛生、環境問題に対処する「労働安全衛生委員会」

3) 同じく98年の労働者保護法で定められた「労働福祉委員会」

いずれの委員会においても、労使間で協議し、労働者側は雇用者側に提案をすることができる。

団体交渉は、労使関係法で定められた別の形の二者間協議である。職場の労働状態の改善、労使紛争の解決、良き労使関係の維持のために機能すべきものであるが、残念なことに、この手段は多くの場合で失敗し労働争議につながっている。

情報交換、社内苦情処理手続、共同コンサルテーション、品質管理サークル等の二者間協力の他の形は、多くの企業で自主的に実践されている。

3. タイ経営者連盟(ECOT)の取り組み

<国家開発・発展の課題>
タイの近代化は進んでいるが、今日においても未だにに発展途上ではないだろうか。開発の遅れている農村部と近代化が進んでいる都市部間の格差は解消されておらず、地域計画による平等な開発が必要となっている。また、高齢化が進んでいるタイ社会において、若者と高齢者の雇用バランスをとるための最良の解決法も見出す必要がある。

開発の成果を所得や福祉のかたちで分配する際には、負の所得税のようなものではなく、経済的・社会的なもののバランスをとりながら決められるべきである。

<タイ経営者連盟(ECOT)の技能開発の取り組み・効果影響>
ECOTの使命の1つは、人材を開発し、彼らが生産性と競争力を高められるような業務に従事できることを保証することである。人間が唯一の資源であるという信念のもと、ECOTは持続可能な開発を通じての経済成長と平等な社会進歩を目指し、格差を是正することを実現する。

ECOTはタイ労働省技能開発局の訓練・試験機関として認定されている。企業における職場研修が重視されるようになり、ECOTは事務所を訓練・試験センターへと変革させて全企業に開放した。ECOTが提供する短期集中訓練には、企業の従業員が派遣され、関連技能の試験を受験することができる。合格者は資格制度等よって認定され、法律で保証された賃金を受け取ることができる。他の関連資格があれば、昇進する可能性も高くなる。

従業員の受験資格は、(1) 18歳以上、(2) 現場経験が少なくとも1年、(3) 540時間以上の研修を受講、または (3) 職業訓練の受講修了、を同時に満たすこととなっている。合格基準は85%であり、内訳(試験の配点)は50%が能力、25%が以前の業務経験と技能、残りの25%は個々の評価(職歴、態度、イニシアチブまたは創造的思考)である。2017年6月の訓練・試験センター開設以降、電力に関する研修及び試験の実施を含め、10コースを開設し、その合格率は90%を超えている。