Contents 1. カンボジアの経済、労働法、労働市場の概要 3. カンボジアの雇用、開発、リテンションにおけるベストプラクティス |
ASEAN諸国の中でカンボジアの労働市場は小さく、その中で約半数が女性で、識字率は男性よりも低い状況です。そのような状況で、求職者に欠けている技能として2番目に外国語スキルが挙げられている点が、カンボジアの経済・産業の特徴を示していると見て取れます。
また、カンボジアはその地理的環境もあり、急速にグローバル化が進んでいます。実際の個々の企業はこれからの成長が期待されるところですが、ベストプラクティスとしては、日本企業の取り組みと非常に似たアイデアを持っていることが伺えます。
1. カンボジアの経済、労働法、労働市場の概要
2009年の世界的不況で、カンボジアの経済成長は前年の6.7%から0.1%まで落ち込んだが、2010年には5.9%に回復し、以降2015年までは約7%で推移した。世界銀行が「成長のオリンピック選手」と呼んでいるように、同国は過去20年間、年率7.7%という世界で6番目に速い経済成長を遂げてきた。同国の産業開発政策(2015~25年)によると、2018年以降も年率7%の成長が続き、国民の生活の質は大きく改善すると見込まれている。
しかし、カンボジアが抱えている課題は継続しており、貧困の削減や人材開発及び公共サービスの改善が必要である。同国の主な産業は衣料、観光、建設、農業の4つであるが、持続的成長のためには、多様な産業を育み、既存の産業を強化することが肝要である。
同国は労働組合法(TUL)や最低賃金制等の導入を試みている。TULの主な目的は、(1)法律で守られるべき人の権利と利益の保護、(2)団体交渉権の確保、(3)調和のとれた労使関係の促進、(4)生産性のある雇用の開発である。最低賃金に関しては、労働職業訓練省が衣料・靴類産業従事者への省令(2017年用)を発出し、月額153ドルと設定した。ただし、見習い工は一人前になるまでは148ドルの支給となる。出来高払い制の労働者は、最低賃金以上の製品を製作した場合には上乗せ額を受け取ることができ、最低賃金を下回る製品しか作れなかった人も、153ドル(見習い工は148ドル)を受け取ることができるとしている。
カンボジアの労働力は若く、教育水準も低い。毎年、新たに20万人が労働市場に参入しているが、初等教育を受けている人は約30%しかいない。人口の31%が14歳以下で、15歳未満の年少者と65歳以上の年長者の人口が、生産年齢人口に対して占める比率である従属人口指数は55.81%(2014年)である。(ちなみに日本は65歳以上が多いパターンで2017年現在64.9%である。)現在、国民の教育水準は急速に向上しており、雇用機会を広げるために、英語、日本語、中国語等の外国語を学習している人も多い。海外就労者も増えているが、大半が未登録のため、国内の労働市場への影響を計る有効な統計はない。
雇用を管轄している法律は1997年公布の労働法だが、同法の2つの条項は2007年に改正され、正式に採用された労働者の残業・夜間労働に対する支給金率を規定している。しかし、公共部門の労働者、警察、軍隊、家内労働者等は対象外で、インフォーマル経済の労働者にも適用されない。
実際、カンボジアの労働者の大多数はインフォーマル経済で働いており、彼らの労働は労働法の管轄外になる。そのため、同法は半数にも満たない労働者に適用され、民法(2007年)や社会保障体系法(2002年)等が補完している。
カンボジアはまた、海外からの投資を歓迎し、自国の産業発展を奨励しているものの、それを支える労働市場の準備は不十分である。外国人労働者の参入は、国内労働市場にとっては機会でもあり脅威でもある。彼らは、自国労働者の能力開発に大きな影響を与える一方、若くて教養はあるが技能不足の労働者と競う勢力でもある。ASEAN経済共同体の中で、カンボジアも他国と肩を並べられるようなマンパワー競争力をつける必要がある。
カンボジアの製造業では衣料・靴類産業が突出しており、1995年のシェア15%から2010年には75%に拡大。また、輸出も衣料産業に大きく依存しており、2012年には輸出商品総額の80%を占めた。事実、同年には60万人以上が衣料産業に携わり、その80%以上が女性であった。その数値は即ち、カンボジアの労働力の8%、女性労働力の13%に相当する。工場や労働者の数も増加傾向にあり、需要パターンに変化がなければ、衣料産業従事者は不足することになるだろう。
また、国際観光業のカンボジア経済に占める割合も2000年から上がっており、近年ではGDPの15~17%となっているが、そのシェアはほぼ一定である。そのため、現在の成長率を維持するには経済の多様化が必要で、2018年までに35,000人のエンジニアと46,000人の専門家が必要と分析されている。
新規の求職者についての調査では、15歳から35歳までの49%が、仕事を見つけられないことが最大の脅威と答えており、低賃金と教育の欠如も不安材料となることが明らかになった。他方、経営者は、労働者に基本的な技能が欠けていることに不満で、政府による職業訓練を求めている。
2. カンボジアの人材育成の課題
雇用における技能のずれや低生産性は、カンボジアの経済成長にとってリスクになると危ぶまれているが、そうなった5つの要因を以下の通り述べる。
(1) 貧困 :
内戦後の数十年間、貧困はカンボジアの人材開発にとって大きな障壁の一つであった。児童は低年齢で退学し、仕事を探すには教育レベルが低すぎるため、家の農作業の手伝い等、単純労働を行わざるを得なくなる。特に地方では貧困による生徒の中退率が高く、2012年の義務教育(小学校6年、中学校3年)では5.9%で、中学校(7, 8, 9年生)では22%であった。
(2) 求人市場のデータ不足 :
求人市場に関しては、特に将来のニーズについて信頼できる資料がなく、政府や関係省庁も、長期的人材開発についてマスタープランを持っていない。学生や親のほとんどは、現在の求人市場ニーズに基づいて学ぶ専攻科目や技能を選んでいる。その結果、経営者側は技能不足の求職者が多いと嘆き、新卒者側は仕事を探すのが難しいと文句を言う。
(3) 低質な教育制度 :
ポルポト政権時代に知識層が虐殺されたため、国の再建は一からのやり直しとなり、授業や研修は木陰や寺院で行われ、プロの教師もいなかった。ここ何年間かは、政府主導の改善が見られたが、ASEANの他の諸国と比べると教育の質は低く、大卒者であっても他国の大卒者とASEAN市場で競争するのは簡単ではない。
教員の知識も乏しく、低い給与、汚職、古いカリキュラム・施設等にも原因がある。教員一人当たりの児童・生徒数も47人と、ASEANでは最も多い。ちなみに、ラオスは26人、ベトナムは19人である。さらに小中学校教員の58%しか、12年の学校教育を終えていない。現在、98%の子供たちが学んでいるが、中退者も多く、高校を卒業する人は30%のみで、経済発展の足かせとなっている。
(4) 職業訓練等への投資不足 :
カンボジアの私立教育機関で長期の専門技能訓練に投資しようとする所が少ないのは、巨額の投資が必要だからである。一方、政府も十分な職業・技術訓練センターを持っていない。求職者に最も欠けている技能は、専門・実務的技能(39.2%)で、次が外国語スキル(31.5%)である。
(5) 関係者間の協力不足 :
人材開発を改善し、労働市場の需要を満たすということにおいて、ステークホルダー同士の協力が薄い。大学側は、経営者が学生に対し、卒業前にインターンシップや実務体験の機会を与えるよう要求している。子供が進路を決めるときに、親の影響が大きいが、現在や過去の求人市場に基づくアドバイスしかできていない。
次に、優秀な人材の採用、開発及びリテンションの現状は、下記の通りである。
(a) 採用 :
宿泊業、建設、保険を含む10分野766社を対象にした2014年の国家雇用機構(NEA)の調査によると、求職者に欠けている3大技能は、専門性または実務、外国語、基本的ITスキルである。2012年と14年では、7部門のうち6部門で技能不足の隔たりが改善され、中でも宿泊業の分野では半分近くに減った。2014年にはICT分野で最大の需要があり(49.3%)、次はロジスティック・倉庫・運輸分野(37.8%)であった。
採用における最大の問題は、応募者に十分な専門的およびソフトスキルがないことや、特定の職への応募者数が著しく低いこと、また応募者の準備不足等が挙げられる。学生は社会人になるために、電話でのアポ取り、プレゼンテーション力等、職場でのスムーズな関係性を作る訓練を受けていない。
(b) 開発 :
NEA調査によると、労働者が要求されたレベルの業績を残せない原因には、(1)モチベーションの欠如、(2)業務の経験不足、(3)適切な研修不足、(4)研修の質の低さ、(5)業務態度の悪さがある。研修への投資によって、技能の隔たりは解決できる可能性があるが、適切な研修を実施できるかは企業の力による。
この状況に呼応して、多くの人材会社がカンボジア市場に参入し、コミュニケーションスキルや顧客対応を含む様々な研修を実施し、質や費用も様々である。内戦後は、これらに加え、教育を受けることがカンボジア人の優先事項になっている。これは英語での授業があるインターナショナル・スクールの激増でも分かる。中退者の多さは今後も続くと考えられ、「継続学習」のフレームワークも必要である。
(c) リテンション :
優秀な人材の保持には、良き職場環境、魅力的な報酬、現金・非現金の報奨、健康保険、キャリア開発の提供等、経営者は多くのテクニックを使うべきであることを理解している。
3. カンボジアの雇用、開発、リテンションにおけるベストプラクティス
(1) 雇用
カンボジアの国家雇用機構(NEA)の任務は、質が高く、効率的な雇用と求人市場サービスを国民に提供することであり、また、民間の職業紹介所は企業と求職者のマッチングの手助けをすることである。後者の費用負担をするのは求人をしている企業のみで、求職者は無料で登録ができる。また、これらの機関のサービスを介することで、企業は初期段階の審査に手間をかけずに選抜候補者のリストを作ることができる。
他方、ラジオ、テレビ、インターネット広告、大学のジョブフェアや人材会社、口コミによる人材募集も、依然として有効なアプローチであり、友人や親戚、社員による紹介もかなり多い。最近ではSNSの活用も活発になってきている。
別のツールとして、OJTや職業教育制度は適材を探すのに効果的であり、卒業間近の大学生は、必修課題としてそれを体験できる職場を欲している。実習期間中に、学生は特定の職種に必要なソフトスキルや技能を身につけ始め、高い潜在能力があれば正規採用に結びつくことも多い。覚えが早く、貴重な社員になれるモチベーションの高い候補者を探すことは、職場の定員補充をする最良の方法である。
(2) 育成
経営者は労働者の文化的背景の影響を考慮すべきである。企業のビジョンや使命を達成するためにはチームワークが不可欠で、職場内の政治的駆け引きを最小限にとどめる必要がある。
Grant Thornton社(会計・コンサルティング)の幹部が、「従業員を引き止めるために、研修参加を奨励している」と語っているように、カンボジアでは、従業員の能力開発を通してスキルミスマッチを是正している。経営方法、コミュニケーション・スキル、顧客対応、営業、マーケティング、IT等に関する研修は激増しており、NGOでも、サービス産業や、エアコン、冷蔵庫、車両等技術に関する職業訓練を開設している。
労働者は常に魅力的な報酬を出す職場に引かれる。しかし、職場環境の良さに引かれて職場に留まっていると言う人もいて、報酬ばかりが鍵とは限らない。
(3) リテンション
労働法が規定している報酬を遵守している企業では、従業員の転職が少ない。最低賃金、年休、病休、健康保険、ボーナス等の供与は、従業員の忠誠心を強める。また、従業員に対して継続したキャリア開発計画を立てることも重要であり、長期的キャリアの保証となる。
カンボジアの企業の幹部も従業員に個々に会うことが多い。例えば、Aplus社では「自分が恐怖の対象ではなく、従業員が大事にされ、彼らのニーズや夢を大切にしている社長と思ってくれるように取り組んでいる。」とし理想的である。また、従業員には、キャリア開発の一環として、他の業務も任せるべきである。そうすれば、指揮や決定プロセスを含む新しい専門技術やソフトスキルを学ぶ機会も増える。
(4) まとめ
グローバル化がもたらした機会と挑戦は、人的資源管理の戦略を再定義し、性能を高め、未来像を描く必要性をもたらしている。人材政策についてよく調べ、様々な法律に留意し、世界的展望の中で国内市場のニーズを理解することが重要である。
各産業の人材管理に影響を与える要素には次のようなものがある。
(1) 業務経験豊富なベビーブーマーが、有能だが技能不足のミレニアル世代に取って代わることによる労働人口構成の変化、 (2) 多様な文化と言語スキル、(3)労働者の移住・入国、(4)周辺途上国での豊富な低賃金労働力と消費者増、(5)経営層でのジェンダー不均衡、(6)人材管理のパラダイムが、管理・コンプライアンス機能からより広範な戦略ビジネスパートナーや変革推進者に変化、(7)SNSの登場、(8)ASEAN経済共同体の任務。
企業の成功は、以前にも増して、能力や組織の能力といったソフト面に左右されている。有能な人材は今後も必要とされるだろうが、人事担当者にとっての挑戦は、そういう人材の定義と認識方法、組織のどこに配置するかを見極めることである。コンピテンシー・マッピングは特別の能力がある人材を理解し配置する有効なツールとして考えられるだろう。