Contents (1) ベトナムのGDP 3. 【HRM政策で成功している同国の2社の事例】 |
1. ベトナムのGDP・労働市場・人事管理の課題
(1) ベトナムのGDP
2004~2015年にかけてベトナムのGDPは右肩上がりで上昇し、2015年には1,936 億米ドルに達した。1990年以降、同国の一人当たりのGDP成長率は世界最速のグループに入り、2000年代の平均は6.4%となり、2015年は6.7%であった。ベトナムは、同年の一人当たりの名目GDPは2,111米ドルで、2020年までに3,200米ドル(6.5~7.0%の成長率)に達する工業国になることを目指している。
かつてGDPへ最も貢献していたのは工業・建設セクターであったが、近年はサービスセクターの成長が著しく、2015年のGDPの43.5%を占めた。二番目に貢献度が高かったのは鉱業、製造、建設、電気、水、ガス等の産業セクターで、40%。残る農林水産業セクターは16.5%であった。
また同国では、法令や法制度の強化、人的資源の増大、交通網の改良が期待されている。「社会経済開発5ヵ年計画」(SEDP)には、安定した経済成長や、国連の持続可能な開発目標への公約、近年増えつつあるASEANやTPP等で締結された自由貿易協定のような国際的統合について明記されている。
(2)ベトナムの労働市場
2016年第三四半期の15歳以上の労働人口は5,370万人(男性54.1%、女性45.9%)である。そのうち就業人口は5,324万人で、そのほとんどが地方に住む労働者であった。失業率は3.2%にとどまっているが、15~24歳の若年層については6.0%と高い。識字率は97.3%である。
ベトナムの産業セクター別のGDP貢献度については前述したとおりであるが、労働力の貢献度では、農業セクターが42.2%、工業・建設セクターが24.4%、サービスセクターが33.4%であった。同国の2015年度の平均月給は553万ドン(250米ドル)である。農業セクターは445万ドン、工業・建設セクターは534万ドン、およびサービスセクターは632万ドンであった。
(3) ベトナムの人事管理の課題
1) 生産性の低さ
ベトナム人は勤勉だとされているが、(労働)生産性については、ASEAN域でワースト3の一つである。それでも2000年以降は、毎年3%ずつ国内労働生産性が上がっており、特に工業・建設セクターで顕著である。これは、ベトナムと他のASEAN諸国との生産性の差を縮めるのに役立っているが、先進国との差は、依然として大きいままである。
ベトナム人労働者に欠けている能力は、コミュニケーション力、労働環境への適応力、労働規制の遵守、チームワーク力、理論的な思考、職場での状況に対処するソフトスキル等が挙げられる。その要因として、第一にベトナム人が科学技術をうまく利用できていないこと、第二に市場からの影響、そして第三には管理制度が複雑であることが挙げられる。今後、生産性を向上させるには、資金の安定性、科学技術に基づく課題解決、人材育成の三点に重点を置く必要があるだろう。
2) 有能な人材獲得の熾烈な競争
ベトナム企業には市場拡大のチャンスはあるが、優秀な人材を保持することが課題となっている。企業は人事戦略によって良質な人材を保持すべきであり、社員の昇進や、外部人材の雇用とアウトソーシングとで、良い人材の確保も可能である。特により良い職場環境、より高い賃金に有能な労働者が流れていく現状では、資格を取ったり、外国語やソフトスキル力を伸ばしたりしない限り、ベトナム人は他のASEAN諸国の労働者に太刀打ちできないだろう。
3) 有資格者不足
ベトナムでは被雇用者の技能が不十分であり、新規採用者は通常、半年の社内研修を経て、ようやく企業のために働けるようになる。これは、十分な技能や資格を持った労働者が不足しているためで、同国の労働市場の供給は、熟練者の需要に追いついていない。
4) 経営コスト
ベトナム国家賃金委員会は、最低賃金を年々増やして、賃金が労働者の基本的ニーズを満たすべきと提言している。問題は、企業の社会、雇用、及び健康保険の負担もより大きくなっていることだ。一方、労働者にとっても家賃や光熱費の負担額は増えている。ベトナムは、2016年に最低賃金を12.4%上げるべきと決めたが、生産性は他地域より低いのに給料が高い、と企業は不満に思っている。また、経営者は保険の掛け金の22%を、労働者は10.5%を支払っており、多くの経営者にとっては重荷になっている。
2. ベトナムにおける有能な人材を保持するための11の方策
(1) 研修
研修は従業員の価値観を高め、経営者は研修を通じて、従業員が目標を達成し、職務資格を深く理解することを助ける。
(2) メンタリング
メンタリング・プログラムでは、企業は同じ職種の経験豊かな人材と経験の浅い人材をペアにし、特定の能力の向上、業務に対するフィードバック、および個別のキャリア開発計画の策定を目標にさせる。同プログラムは従業員同士の絆を深め、従業員が定着・成長する基礎固めになる。
(3) ポジティブ文化
企業は、誠実性、尊敬、チームワーク等の職場における価値文化を確立させるべきである。適切な文化を持つ企業は、有能な人材を採用・保持するときに優位になる。
(4) コミュニケーション
コミュニケーションは、企業の信頼関係を築き維持するのに大切なツールである。経営者の多くは、社員諮問委員会のような場を通して、従業員の意見や提案を上級管理職に伝えている。重要なことは、従業員が、経営者が自分たちの意見を聞き対応してくれていることを認識することである。
(5) 謝意の表明
他社に負けない給与、利益の分配、ボーナス支給、年金・社会保険、有給休暇、学費の償還等を従業員に与えると、彼らが企業にとって重要な存在であることを示す強力なメッセージとなる。報奨は労働者の対企業への認識に大きく影響し、離職防止に効果的である。
(6) 紹介・企業内採用
募集中の職や職場環境を熟知している従業員に人材を紹介してもらえば、新規採用者が抱く仕事への期待に対して、混乱を招くことも少ないだろう。また社内採用も、従業員の離職を減らせる方法の一つである。彼らは自分が組織に合っているか既に分かっているからである。
(7) 指導・助言
企業が従業員に助言を与え、指導することは大切で、従業員の努力を企業目標、かつ企業の期待に沿ったものに導ける。経営者は年間を通して従業員に助言を与えるべきであり、特に採用直後の数週間は、集中的に与えたほうがよい。
(8) 成長の機会
企業は、従業員が自分のことをよく知り、成長意欲を高められるよう、ワークショップの機会やソフトウェア等を提供すべきである。また、彼らの知識を広げるような、挑戦的な業務を与えることも必要だ。適切な管理により、従業員はより長く業務に携わるようになり、投資やキャリア開発をしてくれる組織に忠誠を誓うようになるだろう。
(9) 労働者としての価値
従業員は、仕事に責任を持ち、能力を有効に活用し、組織に貢献していると信じることによって、何倍にも成長する。良い業績を出したときに、企業が従業員に現金支給をすれば、高いモチベーションになる。経営陣が従業員に謝意を述べたり、ランチに誘ったりすれば、自分が大切にされていると感じる。どのような報奨が従業員にとって最も効果的かを聞くことも重要で、ミーティングやアンケートを取ってもよいだろう。
(10) ワークライフバランス
従業員が望むように、仕事と生活に調和をとることは大切で、それを実行できる働き方には、1週の労働時間の短縮、在宅勤務、フレックスタイム制等がある。従業員のワークライフのバランスが良ければ、労使双方にとって有益だ。例えば、彼らのストレスも軽減され、より健康的になるため、生産性も向上する。ワークライフの目標設定を促すことは、彼らに仕事以外の生活を充実させ、健康的なワークライフバランスを達成してほしいというメッセージになる。
(11) 経営幹部への信頼
従業員は、経営幹部が有能で、所属企業は成功すると信じる必要がある。経営者は彼らの信頼を醸成し強めるような決断をすべきである。例えば、経営者は仕事の質のことを挙げ、短時間で多くの業務をするように従業員に圧力をかけるべきではない。トップダウン方式ではない信頼性を重視した政策を実行すべきだ。
3.【HRM政策で成功している同国の2社の事例】
(1) M-Talent Human Resources Management JSC (M-Talent)
M-Talent社の前身はMaritime Bank(ベトナム大手株式銀行)の人材部で、2012年の分離後、ハノイとホーチミンで開業した。同社は90人を超えるコンサルタント・専門家と1,300人の外部委託スタッフにより、HRサービスを提供している。同社のビジネスの核となっているのは、「戦略的HRと政策」、「採用と人材供与」、「給与」、「研修と開発」、「顧客の人材管理および技能・知識・業績の最大化」の5つである。同社はまた、過去4年間、ハノイ税務署から優れた納税者として表彰されている。
現在M-Talent社は、約70社の顧客を相手に10,000人以上の人材を管理し、様々な管理方法を適用している。従業員リテンションのための戦略も作られているが、従業員の転職率は5~20%と幅がある。転職率が非常に高い企業があるのは、平均的業績しか出していない従業員を解雇し、目標を達成できた従業員だけを雇い続けたいという経営者が存在するためである。
M-Talent社やその顧客の、リテンション率を上げる手法を次のとおり掲げる。
1) 企業文化:チーム志向、人間尊敬、高品質の商品・サービス、プロ意識は、中核となる価値観
2) 研修・開発:基本的・専門的なプログラムを多数用意し、必修開発プログラム費用は、退職後に数年をかけて返金してもらう規則の作成
3) 業務の中身:社内昇進と業務の充実
4) ワークライフバランス:チームワーク作りやスポーツ活動の奨励
5) 報奨:月ごとの感謝状、ベースアップ、福利厚生、健康保険、及びボーナス
経営陣の人材リテンション戦略には、従業員の能力レベルに応じて、様々な選択肢が用意されている。家族介護保険、研修旅行、高等教育、リテンションボーナス、優遇ローン、株式付与、特別休暇付与、アパート購入補助等があり、5年勤務から始め、10年勤務まで続ける。これらの様々なプログラムにより、有能でやる気のある人材の確保が可能になり、会社運営も持続的に成功する。
(2) North Kinhdo Company (NKD)
NKD社はベトナム北部ハンウェイ省に2001年に設立された食品会社で、12万平方メートルの土地に5つの工場を持つ。2,000人超の従業員のほとんどは地元出身者で、高等教育を受けた人は、ハノイや近隣の省から来ている。同社にはケーキ、クッキー、クラッカーを含む基本商品が9つあり、52の流通業者を通して全省で販売され、主な消費者は北部ベトナム人である。また少量ではあるが、香港、台湾、ラオスにも輸出されている。
年平均30%の成長を誇る同社の成功の秘訣は、長期のビジネス計画と従業員の素晴らしい業績にある。NKD社はHRを企業の成功要因と考え、自社の需要を満たす最も的確な人材を見つけられるよう、戦略的に活動している。ビジネスの目的に関連付けて、特に人材、文化、技術という3点に注目し、すべてのステークホルダーと協議している。
NKDの成功への具体的手法を、次の3つの観点から述べる。
1) 健康と安全:
健康を最重要ポイントに掲げ、毎年、健康診断と予防接種を従業員に受けさせている。とりわけ新規採用の際は、仕事に耐えられるか、または病気の感染防止のために従業員の健康状態をチェックしている。病気の予防情報や、機器が多く設置されていることから、安全第一の職場環境の整備に余念がない。生産ライン近くの警戒標識、避難誘導路、防火システム等を作り、従業員の健康、安全、職場環境を監視する特別部署を設けている。
2) 報奨管理と従業員の関わり:
NKD社は報酬制度が優れているため、従業員全員が会社に残りたいと考えている。報酬や福利は、彼らが効率よく働き、熱心かつ創造的に会社に奉仕できるように開発されてきた。また、同社はワークライフバランスも重視しており、野外プログラム、パーティー等を計画して、ストレスを減らしている。その他にも従業員に、月額目標達成ボーナス、無料海外旅行等の金銭的報奨や、年間最優秀者賞の授与、サクセッションプラン付きのキャリア開発等の非金銭的報奨を供与している。
3) 研修・開発プログラム:
従業員の研修や能力開発も、経営層のHR開発においてはプライオリティが高く、従業員自身も研修に参加したいと思っている。実際、NKD社の経営層や従業員は全員、研修に参加しており、知識や技能についても指導を受けてきた。社内外の研修だけでなく、e-トレーニングもあり、これらの研修は従業員のモチベーションアップに結びつき、キャリア開発に貢献している。