AOTS海外労働関係情報メールマガジン 第57号~第59号

Contents

 1. シンガポール経済の指標
    労働市場
    労働人口の高齢化
    労働者の教育水準の向上
    労働市場の崩壊

2. 学習と成長の機会
    報酬と評価
    キャリア開発
    ワークライフバランス
    研修
    メンタリング
    出向または配置転換
    優先的職務割当制度

3. 人材育成、リテンション等に優れているシンガポールの企業3社のご紹介

 

 
シンガポール経済の指標

GDPの成長率は2016年第3四半期には1.1%で、前年同期の1.8%より緩やかであった。GDPの成長に最も貢献したのが製造業とサービス業(共に0.2%ポイント)で、次いで情報・コミュニケーション(0.1%ポイント)。これらで成長の50%を占めた。

労働市場

シンガポールの全雇用者数は、2016年第3四半期には2,700人となり、前年同期の12,600人から大きく減少した。これは2008~09年以来の収縮で、世界経済の低迷により、外国人雇用が減り続けている。それにもかかわらず、2016年第3四半期の全体的な失業率は2.1%と低く、また2015~16年の失業率は、居住者(resident)も市民権保持者(citizen)も3.0%前後を維持している。

労働人口の高齢化

労働人口の高齢化と縮小はシンガポールが直面している課題で、居住労働者の中位数年齢は、2006年の40歳から、2015年には43歳に上昇した(人材省: Ministry of Manpower Singapore調査)。2015年6月には、居住労働者のうち55歳以上は22.4%を占めたが、その10年前は13.1%であった。55~64歳の居住者の雇用率も、同じ10年間で53.7%から67.2%に上がっている。

労働人口の増加率も、2011~14年は4.0%であったが、2015年は2.0%に減り、2020年までには約1.0%になると見込まれている。加えて、外国人労働者数も政策によって制限され、減少の一途をたどっている。2005年と2010年を比較すると、Employment Pass (EP: 専門性が高い人の就労ビザ)およびS Pass(専門性がそれほどない人の就労ビザ)の発給は270%増え、Work Permit(WP: 労働許可証)の発給も150%増えた。しかし、2010年と2015年の比較では、EPおよびS Passは50%増で、WPに至っては14%しか伸びていない。退職者が増え、新規参入者が減れば、経営者は労働力不足に直面することになる。
この対処法としてシンガポール政府は、退職・再雇用法(RRA=Retirement and Reemployment Act)を2012年に制定し、高齢の労働者が、62歳ではなく65歳まで働き続けられるようにした。さらに2016年4月には、再雇用年齢が67歳まで引き上げられることが発表され、2017年7月1日から実施予定である。RRAはまた、労働市場の柔軟性を高めるために、有資格退職者が他の企業に再雇用されることを認めるようにした。

労働者の教育水準の向上

労働市場における居住者の学歴は、2015年には32.2%が大卒者で、その10年前の23.4%より向上し、上昇傾向を保っている。資格保持者や高校卒業者を加えると、労働市場の51%以上が第3次教育(中等学校に続く大学などでの教育)を受けており、10年前の38.8%より大きく飛躍。それに伴い、管理職・専門職(PME=professionals, managers and executives)も10年前より20%増え、この傾向は続くと思われる。

労働市場の崩壊

新しい技術や新規ビジネスモデルが労働市場の崩壊を招いているが、構造改革、経済の低迷により、余剰労働者は増えており、2015年には15,580人が解雇された。これは2009年の金融恐慌以降、最も高い数値であった。PMET(T=technician: 技術者)は余剰人員の矢面に立たされ、2015年の余剰居住労働者の71.0%を占めた。さらに、失職者と新規参入者が、新しい仕事に就くのに必要な技能を持っていないというミスマッチもあった。

この対処法として、同国政府は「Skills Future(技能の将来)」を2015年に導入。これは国民に対し、学ぶこと、技能向上に励むこと、現在生み出されている雇用に対し就業の準備をすることを奨励する制度である。さらにこの経済再編の折、政労使の三者もまた協力して、「Industry Manpower Plans(産業人材計画)」を策定した。これは、経済成長を促すのに必要な技能を確認し、それを活用した労働力の能力開発をするというものである。

同政府は2016年にまた、熟練PMETと人員過剰の影響を受けた人に雇用を提供する「Adapt and Grow (適合と成長)イニシアチブ」を導入した。この制度のキャリア支援プログラムでは、余剰PMET求職者や長期失職者を雇用した場合、経営者に給与の10~40%を最長1年まで支援する。
加えて、「Skills Future Earn and Learn Programme」も、第3次教育施設の卒業生と経営者との間に質の高い技能マッチングを提供することによって、卒業生を雇用可能な状況にする制度である。卒業生は、自身が選んだ産業の経営者の下で、学校で得た技能や知識を堅固にする機会をより多く与えられる。その結果、スムーズな労働市場への転換ができるようになるのである。

 

労働者の「ニーズ」と「期待」を理解することは、彼らのモチベーションを維持させ、高いリテンション率にもつながるようである。労働人口の縮小と急速な経済変革に伴い、経営者は労働者の能力を高める必要があると痛感しており、それが彼らをリテインする戦略であると見ている。

学習と成長の機会

シンガポール人材庁の調査によれば、同国の企業の8割が従業員に組織的な研修を受けさせており、平均で56%の従業員が研修を受講している(2014年)。同年の企業の従業員教育費は一人当たり726ドルで、2012年の717ドルより上昇。労働者に学習と成長の機会を与えれば、労働者自身の価値観も高まり、よい成果を出せるような技能が身に付き、仕事への満足も高くなる。

報酬と評価

魅力的でかつ競争力のある報酬は労働者の興味をそそるかもしれないが、金銭面以外でもインセンティブがなければ、彼らを長期には留めておけないだろう。ギャラップ社の報告では、高い実績のある労働者は、自分の努力が認められ評価されるべきだと感じており、業績が正当に評価されていないと思う労働者が翌年に離職してしまう確率は、2倍も高いという。
シンガポールでは、より多くの企業がライバル社との差別化を図るため、インセンティブを与えている。一例が、長期勤務者や燃え尽き症候群の多い職種に携わる労働者に賞金を与えることであり、これは彼らのモチベーション維持にもつながっている。

キャリア開発

シンガポール人は、キャリアアップにつながる好条件の仕事があれば、数年で転職する。2015年の調査では、87%が経営者はキャリアの開発と機会を提供すべきと感じている。別の調査では、30%が退職することを考えていると回答し、その理由はキャリアの開発と機会の欠如であった。さらに別の調査によれば、58%の経営者が従業員に管理職・専門職へのキャリアパスを提供するつもりとしている。また83%は、社内での昇進と部署替えを提供予定と回答している。

ワークライフバランス

シンガポールでは1979~2000年生まれが、労働力世代としては一番多く(22%)、ワークライフバランスについては以前の世代と違う考えを持っているようだ。2015年のデロイト社の調査によれば、7,700人のミレニアル世代の75%が、自宅ないしは自身が最も生産的と感じる場所での就労を好んでいる。同国では計画外の休暇、パートタイム雇用、出退勤時間の調節など、フレックスな環境で働ける企業が増えており、ワークライフバランスに配慮している企業では離職率が低いという統計が出ている。

研修

研修プログラムによって労働者の特殊技能や知識は深化しており、労働者研修に投資をする経営者が増えている。懸念点は、時間と資金の欠如である。そのため、多くの経営者はOJTで教育している。162人の経営者を対象にした2015年の調査では、91%がOJTを行い、51%がOJTはキャリア開発においては最も効果が大きいと答えている。

メンタリング

労働者の成長にはコーチングが実践的だが、特定の業務に対して短期かつ限定的である。その一方で、メンタリングは関係が長期に渡るため、労働者に忠誠心を植え付けるのに役立っている。実際、人材を開発し将来のリーダーに育てるためにメンタリングを提供している企業は増えている。2015年の経営者連盟調査によれば、48%の経営者が労働者育成に同プログラムを提供している。

出向または配置転換

他の機関や子会社への出向・配置転換には、労働者と雇用先の双方に、能力開発をもたらしている。これはまた、労働者が組織を離れることなく、外部の考え方を知る機会にもなる。例えば、12カ国100カ所で営業しているYCH Groupは、ジョブローテーションを国の内外で行い、様々な経験に触れさせることで、若い従業員のリテンションに成功している。

優先的職務割当制度

人材を優先的にある職務に割り当てることは、労働者も全力を出すことになり、上席管理職への露出度も増えるため、人材育成に役立つ。労働者により大きな責任を持たせれば、特定の人材の能力を試す環境が生まれ、経営者はその業績に基づいて適性判断ができるであろう。

人材育成、リテンション等に優れているシンガポールの企業3社のご紹介

〔事例1〕

ケッペル・ランド・インターナショナル社 (1983年設立)

事業内容: 不動産開発・不動産投資 従業員数: 約4,000人(単一組合)

ケッペル社は「人」を最大の資産と考えており、多様で有能かつ献身的な人材の育成に力を入れている。研修を通じて優秀な人材を育てるだけでなく、従業員に対するキャリア開発の機会も設けている。シンガポールにおける同社の従業員一人当たりの研修費は1,345ドル/人であり、同国企業の平均の約2倍である。
同社はまた、ジョブ・ローテーションと業務の役割拡大、上席スタッフによるメンタリング等を通じて、従業員の能力を最大限に引き出そうとしている。 海外事業ではローカリゼーションが進み、海外事務所のマネージャーの56%がローカル社員である(2015年)。さらに同社のキャリア検討委員会(CRE)は、有望な従業員を将来のリーダー格として見定め、訓練する。CREは、同社の短期・長期の事業ニーズに応じて、潜在性の高い従業員に特別な教育機会を与えるものである。

ケッペル社はここ数年、オープンで刷新的な企業文化を築いてきたが、従業員の意識調査、CEOや幹部を交えた昼食会やお茶会等の手段を通じて、従業員との関係性を深めている。2015年の同社の転職率は約13%(514人)で、本社は9.4%(41人)。全国平均の23%より低い数値であった。

〔事例2〕

グッドリッチ・グローバル社 (1983年設立)

事業内容: インテリア備品サービス 従業員数: 約120人(非組合)

グッドリッチ社の人材管理・人材開発の基本理念はエンプロイー・エンゲージメント(企業と従業員が相互にコミットメントする幸せな関係)である。同社は従業員から提案のあった研修への参加や実施をサポートしており、従業員のリテンション率も高く、平均勤続年数は9年である。会社に留まる人は、自分のキャリアの成長と報酬がきちんとケアされていると感じている。同社は業績の高い従業員が将来のリーダーになるように育成する「リーダーシップ・センター」を計画中である。

グッドリッチ社には「I-Cube」というプラットフォームがある。これは、ideation(観念化)、innovation(革新)、improvement(改善)を表し、従業員に職場や業務手順を改善する新しい方法を考えることを促し、それを実行すると報奨を得られるという仕組みである。その他、従業員が同社に留まる理由としては、研修とキャリア開発を重視していることを挙げている。同社の研修への投資は、時間にして40時間、金額にして給与の1.8%であり、同国の平均と同等である。同社はまた、製品や技能については独自の研修プログラムを持ち、交渉やライティングなど基礎スキルは外部研修を活用している。さらに従業員は自分の業務内容に沿っており、自身の成長にもつながる研修教育プログラムを自由に選択できることになっている。

〔事例3〕

レベズ・モーション社 (2012年設立)

事業内容: 相互マルチメディア・クリエイティブ技術開発 従業員数: 20人(非組合)

レベズ社人事部は、研修の機会を与え、ワークライフバランスを重視することにより、人材を募集し、惹きつけ、保持することを目指している。同社は事業拡大中のため、常に人材が不足しており、実際、マルチメディア・クリエイティブの技術は優秀な人材を必要とする分野である。

同社は、よきお手本となる人事制度や従業員が報奨を得られるような仕組みを作り、従業員がスキルアップできるよう支援している。OJTでキャリア開発し、コーチングやメンタリングを絶やさず、プロジェクトの成果も評価する。また、従業員の技能と能力を高めるために訓練し、キャリア開発を行っているため、転職率も低い。これらのすべては、従業員の長期的コミットメントに重要な要素で、技能を身につけた従業員の生産性は高まり、仕事への献身度も高くなると同社は強く認識しているものである。
将来的には、同社は潜在的に有能な人材を訓練・注視し、プロジェクトを率いることも認める予定で、 時期が来たら、社内外の職場で能力を試す機会を設けることも検討する。 同社は常に従業員の機会拡大をサポートしている。