Contents 1. フィリピンの労働市場と経済の概況、労働環境の課題 |
1. フィリピンの労働市場と経済の概況、労働環境の課題
(1) 労働市場と経済の概況
フィリピンは近年、一貫して経済活動が改善され、GDPも2016年第2四半期で7.0%と、2015年から1.1ポイント上昇した。ビジネスのしやすさ(ease of doing business)の順位も、190カ国・地域の中では99位で、前年の103位から少し上げている。ちなみに日本は34位である。
好調な経済成長により雇用機会も後押しされ、15歳以上の人口 6,644万人(2016年7月時点)のうち、労働人口は 4,205万人と、前年より0.4%上昇した。一方、失業率 は5.4%で、前年より1.1ポイント減少した。
労働人口4,205万人のうち、フォーマルセクター従事者は778万人で、残る3,500万人あまりはインフォーマルセクターで働いている。しかし、後者の労働環境を正確に把握することは難しく、職場が基本的労働基準や安全・衛生基準を満たしているかも疑問である。インフォーマルセクターの労働者はまた、法で定められた納税もしていない。
フォーマルセクター労働者の778万人は、零細企業(従業員1-9名)に30%、小企業(10-99名)に24%、中企業(100-199名)に6.8%、大企業(200名以上)に38%雇用されている。また国内で営業する95万社のうち、零細企業が90%を占め、小企業が9.2%、大企業、中企業はそれぞれ0.4%(各4,000社)と数が少ない。
フィリピンを17地域に分けた最低日給(2016年10月)は、マニラ首都圏地域が最も高く、「非農業」分野で454~491ペソ、「農業」分野で454ペソとなっている(1ペソ=2.2円)。最も低かったのはパラワン島ミナロパ地域で、「非農業」が225~285ペソ、「農業」が230~235ペソであった。一方、ASEAN諸国では、最低賃金を規定していないブルネイとシンガポールを除けば、フィリピンが9.40~10.17ドル(1ドル=104円)と最も高く、次にタイが8.66ドルとなっている。最低はミャンマーの2.83ドルであった。ちなみに、日本は53.91~72.36ドルとなっている。
(2)HRMに影響を与えそうな労働環境の課題
1) 労働法コンプライアンス・システム(LLCS)
フィリピン労働雇用省(DOLE: Department of Labor and Employment)により、2016年に新しい省令(第131号Bシリーズ)、LLCSが発令された。これは、これまでの規制的なアプローチから、企業がより自発的かつ厳密に法令を遵守するアプローチに移行させるもので、労働環境や労使関係の改善、生産性向上をしながら、自発的に労働法を遵守する企業文化が生まれることを目標としている。
新しい取り組みでは、企業の労働法不履行の問題について、労働監督官が企業を支援するが、時間的猶予を十分に与えて遵守させる。HRM担当者に対しても、賃金や労働時間、福利厚生などの基準を守るよう支援し、また法令遵守ができれば、DOLEの労働ガイダンス・プログラム等の活用により、労働者の生産性向上も期待できる。
2) 契約化の課題
ドゥテルテ大統領は、違法な「労働契約」状態を厳しく取り締まることを、就任前から公約に掲げていた。そのため、フィリピン経営者連盟(ECOP)も、「契約化」の定義を明確にし、既存の省令(2011年第18号Bシリーズ)に基づき、国民一般を教育する必要があった。ここで言う違法な「労働契約」とは、労働法に定められた正規雇用者への手当が与えられていない、5ヶ月未満の労働期間の取り決めを指す。実際、ECOPはこれまで、この違法契約を大目に見てきていた。
新しいシステムに移行させるため、DOLEは省令(2016年 労働勧告 第10シリーズ)を出し、労働のみの契約を禁止することを何度も訴えてきた。しかしながら労働団体は、すべての労働契約を廃止すべきと主張している。経営側の権利を侵害し、ビジネスの運営コストに影響を与えると恐れているためである。
3) 若者の労働市場入り
フィリピンでは、労働市場で新たに採用される若者が労働環境にも影響を与えている。2015年の調査によると、労働人口4,200万人の47.1%が、ミレニアル世代(1980~2000年前半に生まれた者)であった。また、2016年のデロイト調査では、同世代はジョブ・ホッピング(転職を繰り返すこと)を気にせず、10人に6人は、4年に一度転職をすると言われている。
この現象は企業の採用や教育に警報を鳴らしている。特に優秀な若者をどのように採用し、自社にとどまらせるかの雇用戦略にも、大きな影響を与えている。
2. フィリピンでの採用/選考、人材の育成/保持
1) 採用/選考
今日、フィリピンのほとんどの企業では、応募者を選別するのにテクノロジーを活用しており、FacebookやLinkedInなどのSNSも利用している。一方、Jobstreetといった従来の人材紹介会社も使われている。また、新卒採用には教育機関との連携も行われ、学校でしばしば就職説明会が実施されている。学校の中には卒業生がどこに就職したか、追跡調査を行っている所もある。
近年の採用に関する行政の取り組みとして以下のような事例が挙げられる。
・フィリピン労働雇用省(DOLE: Department of Labor and Employment)はJobstartプログラムを導入しているが、これはカナダ政府から資金援助を、アジア開発銀行から技術支援を受け、学校卒業後から就職に至るまでの時間を短縮させるプログラムである。その目的は、若者が有給雇用に入ることを支援し、また求職者が雇用市場の需要に応えられるよう、学校教育や技術訓練で得た知識やスキルを高めることである。本制度は、同時に理論や職業倫理を活用できる安全な職場環境にて、専門的技術や仕事の真価といったライフスキルを向上させるものでもある。
・フィリピン職業規制委員会(Professional Regulation Commission)は、精神測定学の専門職に関する法令(共和国法10029)を承認した。採用における精神測定学は、人事担当者がより優秀な候補者を選別するために、行動や潜在能力を分析するものである。精神測定専門家は採用担当者と連携を取り、あるいは採用担当者が精神測定専門職員となり、行動やスキルテストを統括することもある。
・フィリピン内国歳入庁(Bureau of Internal Revenue)は歳入規則8-93を発令し、求められるスキルや資格に合った障害者を正規職員、実習生、見習い工として採用した私企業に、彼らの給与・賃金の25%にあたる税控除を行っている。一例として、有名な歯磨き粉メーカーのLamoiyan Corporationは、聾唖者を生産ラインで雇用している。同社のペドロ社長は、「彼らは社会から見放されているが、私たちと全く同じで、モチベーションを与えると非常に効率がよく、仕事に対しても貢献度が高い」と語る。
ある調査によると、仕事のえり好みが激しいフィリピンの若者は、経験よりも快適性を求めがちで、経験もないのに高給を欲しがるとされる。彼らに対する最良の戦略は、面接時にはできるだけ正直に接し、雇用後、何を期待されているかを説明することである。そのようにすることで、面接官は、応募者が仕事に本当に興味があるかを見定められるし、応募者に積極性があるか、仕事へ貢献的であるかを判断できる。また別の問題としては、熟練労働者になかなか出会えないことが挙げられている。多くの有能な人材は、より高い報酬を求め、海外や他の地域に出て行くこともフィリピンの大きな課題である。
2) 人材の育成/保持
企業にとって人材を育成・保持することは非常に大切であり、研修計画の開発を進めたり、外部の研修プログラムに人員を送り込む企業は多い。特にフィリピンの製造業で多く取り入れられているのが、二重技術訓練システム(DTS=Dual Tech Training System)である。これは元々、ドイツのDTSをモデルとした理論と実践の訓練を組み合わせたもので、学校や研修センター及び企業や作業場の二か所で教育が行われる点が特徴である。ラモス大統領(当時)が共和国法(1994年)で、公立・私立の教育施設、訓練センター、農業、工業、商業に携わる企業のDTSの制度化に署名した。
DTSの利点は下記の通り。
・社会や教育にとっては、スキルのミスマッチ問題を解決できる。
・産業や企業にとっては、労働力のプール・目的に合った訓練ができる。
・学生や研修生にとっては、職業に対する姿勢や工場環境を学べ、体験学習や報酬等を得られる。
フィリピンの経済学者Bernardo Villegasによれば、DTS卒業者は熟練技術者よりも優れているという。DTS卒業者は、企業の生産性向上やコミュニティーで尊敬に値する市民・労働者となるために重要な要素である仕事の価値や美徳を十分に学んでいるのだという。
また、DOLEの全国賃金・生産性委員会(National Wages and Productivity Commission)は、2014年に生産性道具箱(Productivity Toolbox)を導入した。これにより、11,860の零細・小・中企業(MSME)で働く26,320名は、生産性向上や生産性訓練における能力養成を活用した。この制度は、MSMEを段階的に、より生存力と競争力のある企業へ移行することを支援し、安全や健康規準を含む法を遵守できるようにするものだが、MSMEが利用できる訓練コースが数多くある。
事実、フィリピンの多くの企業が社内人材育成に取り組み、研修カリキュラムの設計や能力のある社員のスキルアップに投資している。新入社員向けの幹部候補生研修を実施し、外部の研修事業者への研修に社員を送り出す企業も増えている。