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1. はじめに
2015年に中国共産党中央委員会と国務院が発表した協調的労使関係の構築に関する意見書は、中国の労使関係分野における画期的な国家政策です。これには、中国当局の最高レベルによって労使関係の重要性について述べられています。この文書は、中国で協調的労使関係を構築するための意義、理念、目標、施策を体系的に詳述しています。これは、中国における新時代の労使の働き方を導くための枠組みであり、中国経済、政治、社会と重要な関連性があります。
(1) 中国における労使関係の本質と特徴
中国の労使関係は多様化しています。中国には異なる所有形態、異なる事業規模及び異なる雇用形態を有する膨大な数の企業があり、それは労使関係の多様化を形成しています。第一に、所有形態の異なる企業には、異なる労使関係があります。インターネットに基づく電子商取引と新しいビジネス・モデルの急速な発展は、労使関係の調整に必要な新しい課題をもたらしています。第二に、事業規模の異なる企業には、異なる労使関係があります。特に、零細・小企業には、中規模及び大企業とは異なる企業経営、雇用と業務管理があります。これらの零細・小企業の労使関係の調整には、他とは違う問題解決方法が必要とされます。第三に、直接雇用と労働派遣、常勤とパートタイム、長期雇用と臨時雇いなどの多様化された雇用形態があり、企業において従業員の身分が異なれば報酬に関する要求も違ってきます。中国における労使関係の多様化は、身分に応じて異なる調整対策と指導に基づく労使関係の効果的な調整作業と更なる対象の絞込みを必要とします。
中国における労使関係は複雑です。過去30年以上にわたる計画経済から市場経済への経済制度の移行は、中国の労使関係に重要な影響を及ぼしてきました。まず、労使関係に影響を与える要素は複雑で変化しています。市場化、産業化、都市化、情報化とグローバル化の相互作用と蓄積で、中国の労使関係は急速に変化し、新しいシナリオや問題が絶えず出てきています。第二に、従業員の報酬に関する要求は、ますます多様化しています。彼らの権利を守る意識は高まり、彼らが合法的な利権だけでなく、賃上げやより良い労働条件と発展による利益の分配にも関心を向けるようになります。第三に、労使関係の矛盾はますます複雑になっています。なぜなら、計画経済制度を改革することによる歴史的問題は、市場経済の下で新たな問題と絡み合っています。労働争議が個別及び集団のケースで増えてきています。労使関係の問題は、経済及び社会問題と相互に関連し影響しあいます。これら全ての要因は、労使関係上の問題の扱いをより困難にします。
(2) 中国における協調的労使関係を構築するための職務と目標
第一に、法律に従って、従業員の基本的な権利及び利益を保護します。中国は、報酬、休憩と休暇、労働安全衛生、社会保障などの従業員の基本的な権利と利益を、強化された労働法に則ると共に労働基準及び労働検査の改善を通じて保護します。第二に、労使関係を調整するための仕組みを改善し、雇用契約の全体的な制度を改善・実行し、集団協議制度を刷新し、労使関係を調整するための三者メカニズムを完成させます。第三に、労働争議を処理するための仕組みを改善します。中国は、労働争議解決のための専門の草の根組織をさらに改善し、仲裁制度を改善し、労働検査の実施を強化し、省庁及び関係機関の横断的連携を改善します。第四に、協調的労使関係を可能にする環境を構築します。中国は、従業員が合理的で合法的な根拠に基いて彼らの利益を訴える意識を啓発することを強化します。このことは、雇用主に積極的に社会的責任を果たさせることになり、企業の管理とサービスを向上させ、持続的な発展のための企業の負担を軽減することになります。
2. 中国における三者メカニズム (1)
1) 歴史的背景
中国で労使関係を調整するための国家三者メカニズムは、人力資源・社会保障部、中華全国総工会と中国企業連合会によって2001年に設立されました。2010年には、中華全国工商業連合会がメカニズムに加わり、雇用主の代表を増やしました。
ILO国際労働機関の国際労働基準の実施を促進するための三者の間の協議に関する条約(第144号)、労働組合法、労働合同法(労働契約法)と労働争議調停仲裁法は、中国における三者メカニズムの法的枠組みを形成しています。それは、雇用、報酬、社会保障、研修、労働安全衛生、労働争議、労働時間、休暇などを含む、労使関係に関する重大な問題の解決に重点的に取り組むものです。
過去15年間に17,000の地方と部門別の三者メカニズムが作られ、効果的に政府、労働組合及び使用者団体間の対話と交渉を促進してきました。三者メカニズムは協調的労使関係を築くことで重要な役割を果たしてきました。
中国における三者メカニズムの組織構造は、ILOの指導原則と独特な三者メカニズムの特徴のもとで形成されています。内部組織は、三者会議の議長とメンバー、事務局及び専門委員会によって運営されています。2007年以降、国家三者会議の下に、労使関係に関する法律政策委員会、賃金分配委員会、団体協議委員会という3つの専門委員会が設置されています。2015年3月に中国共産党中央委員会及び国務院によって公布された、協調的労使関係の構築に関する意見書では、三者会議は上の等級の三者委員会に格上げされることになります。
2) 中国の三者メカニズムの主な責任
・ 労使関係に関わる社会経済政策と制度の影響の研究、三者メカニズムの当事者の政策的立場の調整、労使関係に関わる法律、規則及び政策に関する意見と提言の提供
・ 労使関係調整作業において三者メカニズムの各当事者が直面した問題の情報交換、中国の労使関係の推進力に関する研究、この分野の主要な問題解決に関する合意の形成
・ 労働制度の改善、地方の三者メカニズム構築・雇用契約制度・労働協約・民主的な経営・労働争議処理の推進、経験と
ベストプラクティスの共有
・ 地方の三者メカニズムに対する指導とサービスの提供、主要な労使関係問題に関する情報共有のための仕組みの確立
・ ILOとその構成国とのコミュニケーション及び協力の強化、関連する会議や活動の開催及び参加、ILO活動における中国当事者の可視度の拡大
3) 中国の三者メカニズムの経験
(1) 三者メカニズムに関する国家レベルの状況は、中国における三者メカニズムの発展のために考慮すべき前提条件です。我々は国家の状況に基づいて労使関係を調整する三者メカニズムを確立しなければなりません。一方で、包括的な見解を念頭に置いて関連する政策についての決定を下す必要があり、中国の様々な階層の三者メカニズムを考慮しなければなりません。
(2) 中国における三者メカニズムの推進にとって、指導者層の関わりは重要です。中国共産党中央委員会及び国務院は、節目となる文書「協調的労使関係構築に関する意見書」を共同で発表しました。それは、国家と地方の三者メカニズムの当事者が、協調的労使関係の構築をさらに促進するため、重要な支援と指針となります。
(3) 良好なコミュニケーションと協力は、三者メカニズムの効果的な運営の鍵です。三者メカニズムの各当事者はお互いをよく理解し、相互の仕事をサポートしなければなりません。関係当事者間、及び国家レベルと地方レベルにおける当事者間の良好な協力が必要です。
(4) 標準化された運営は、三者メカニズムの持続的発展のための確かな基礎を築きます。労使関係は、広範囲に三者メカニズムの当事者に関係します。三者メカニズムを効果的に成功させるためには、健全な組織構造と体系的かつ標準化された手順が必要となります。
(5) 三者メカニズムのために重要な優先事項に、下線を引くべきです。長年の調査の経験を要約すると、まず予防を行い、例えば組織構造、労働法、雇用契約及び団体協議と合意などの優先事項を強調することにより、中国は協調的労使関係の促進のための適切な道筋を概ね見出しました。
(6) 不断の革新は三者メカニズム発展への内臓ドライブです。我々は中国に三者メカニズムを導入し、それを国家の状況と組み合わせました。労使関係に関して全体論的かつ偏向的な問題について、三者メカニズムの当事者間で交渉することは革新です。異なるレベルの三者メカニズムの当事者が、現実の要求に基づいた作業方法と作業モデルの革新のために奮闘して、長期間に亘って効果的な三者メカニズムを作り上げようとしています。
3. 中国における三者メカニズム (2)
4) 中国で三者メカニズムが直面する課題
中国は、過去数十年間続いたGDP二桁成長から減速し、中程度から高度の経済成長の「新常態(ニューノーマル)」の時代に入っています。同時に、経済構造を変革向上させ、多くの企業、特に余剰な生産能力を有する産業部門の企業は、生き残りのため先例のない圧力を感じています。従って、労使関係はより大きな課題に直面しています。
(1) 認知度と影響力の不足。三者メカニズムは一般に従業員や社会から充分認められていません。一部の地方政府は、三者メカニズムの役割と重要性を完全には認識していないため、実質的にこのメカニズムに対して支援していません。また、一部の主要都市や多くの県(日本の郡程度)では三者メカニズムは設置されていません。郷(日本の町村)レベルではほとんど設置されておらず、根本レベルでの現場作業員に対する三者メカニズムの役割を妨げています。
(2) 三者メカニズムのための法律制度は完全ではありません。しっかりした法的枠組みは、三者メカニズム設置と運営のための重要な前提です。労働契約法、労働紛争調停仲裁法、労働組合法、労働協約の条項、賃金に関する団体交渉の基準などの既存の法律と規則は、中国における三者メカニズムの基本的法的枠組みを形成してきました。しかしながら、これらの法律と規則は非常に一般的で、三者メカニズムの形態、構造と義務について特別な要件はなく、実際の実施が困難になっています。
政令は、インフレ率を乗じた最低賃金は、安定した購買力を確実にするものであると説明している一方で、GDP率を乗じることによって、全体の生産性の向上が保障されています。
例えば、労働契約法第51条によれば、「企業の労働者は雇用主と平等な協議を経て、労働報酬 、就労時間、休憩・休暇、労働安全衛生、保険、給付金などの事項について労働協約を締結することができる。労働協約の草案は労働者代表大会或いは全労働者の討議を経て採択されなければならない。 労働協約は労働組合が労働者側を代表し、雇用主と締結する。労働組合が設立されていない場合 、上級の労働組合が労働者の推薦した代表を指導して雇用主と労働協約を締結する。」とあります。但し、三者メカニズの当事者がどのように協議を経て労働協約を締結すべきかについては、特定の規則はありません。
また、労働契約法第5条では、「県以上のレベルの人民政府労働行政部門は同レベルの労働組合及び企業代表と健全な労使関係について協議調整するための包括的な三者メカニズムを設け、労使関係にかかわる重大な問題を共同で研究し解決する。」と述べられています。ここでも、政府がどのように参加すべきか、何が協議されるべきで何が協議されるべきでないか、労働者代表と使用者代表が合意できない際に政府が何をすべきかや、交渉の決議事項が実施に移されない場合どうすべきかなどについて、特定の記述はありません。これらの問題は、政府が三者メカニズムの中で完全な機能を果たすことを妨げています。
中国の三者メカニズムに関する法律や規則が改正され、明記され、より高い法的有効性を確保することが急務です。
(3) 三者メカニズムの当事者の代表は、改善されなければなりません。社会的及び産業分野レベルで、労働組合は組織構造と人的配分に関して完全ですが、使用者団体は比較的脆弱です。企業レベルにおいて、労働組合はしばしば経営陣の影響を受け、労働者を代表する役割を完全に果たすことはできませんでした。従って、労働組合にとってその代表を増やして従業員によって本当に信頼される組織になることは、大きな課題であり、重要な任務です。中国における三者メカニズムの特徴の一つは、統一と全ての共通利益に焦点を当てることです。しかしながら、これは当事者のモティベーションの低下と当事者間の交渉の不足にもつながります。特に地方レベルの労働組合や使用者団体はより政府に依存しがちです。両当事者から独立した声の欠如は、三者メカニズムの鍵となる機能を弱めます。
(4) 三者メカニズムは、中国で労使関係を調整することにおいて全面的な役割を果たしていません。現在、国家レベルと地方レベルで三者メカニズムは基本的に設置されています。しかしながら、様々な要因の限界のためうまく機能していません。地方レベルの三者メカニズムは実働部隊を持たず、フルタイムの従業員もいません。また、専門家や特別な資金的援助もありません。三者協議の決議は充分実施されておらず、施行のための効率的な監督システムもありません。
4. 協調的労使関係推進における使用者団体の役割
1) 労使関係の調整能力強化
代表的使用者団体として、我々中国企業連合会はまず、経済的・社会的発展への協調的労使関係の重要性を充分理解しなければなりません。特に、問題が多ければ、我々は作業を改善するために効果的な措置を講じるでしょう。我々は、研修や国際交流によって専門チームの能力を強化し、彼らがより効果的労使関係を調整できるように、組織的な構造も改善します。
2) 企業の持続可能な発展のための環境づくり
我々は、企業の合理的な訴えが法律制度と標準化を通じて満たされることができるように、企業関連の法令と政策の策定と改訂に参加します。我々は、企業の成長に資する政策をより効率的に実施するよう、政府に働きかける能力を向上させます。我々は、企業家の合法的権利と利益を保護し、企業の負担を軽くする能力を強化します。我々は、革新を通じて経営と競争力を向上させるために、会員企業、特に中小企業会員にサービスを提供します。
3) 使用者団体との国際的協力強化
我々は国際労働機関、国際経営者団体連盟及び各国と使用者団体との協力を続けて、互いに良い経験を学び、会員企業のベストプラクティスを交わしています。ウガンダ、ケニア及びタンザニアの海外中国企業が協調的労使関係を促進するための、ノルウェー企業連合(NHO)、ウガンダ使用者連盟(FUE)、ケニア使用者連盟(FKE)及びタンザニア使用者連盟(ATE)との我々の協力についての例を紹介します。
プロジェクト:
東アフリカ諸国における責任ある事業の実施
パートナー:
中国企業連合会(CEC)
ノルウェー企業連合(NHO)
ウガンダ使用者連盟(FUE)
ケニア使用者連盟(FKE)
タンザニア使用者協会(ATE)
プロジェクト期間:
フェーズⅠ(2007年~2010年)
フェーズⅡ(2011年~2014年)
フェーズⅢ(2015年~2019年)
対象国:
ウガンダ、エチオピア、ケニア及びタンザニア
使用者団体間で協力して行うプロジェクトにより、アフリカ、ノルウェー及び中国の専門家が、労使関係とビジネスのベストプラクティスを共有しました。上記の使用者団体は、東アフリカ共同体(EAC)における中国企業の労使関係に関する課題の基本的研究を実施しました。
その協力により、調査において分かった課題に対応する一連のトレーニングが追加されました。様々な労働の企業訪問と、責任ある事業の話題を取り上げることも含まれます。使用者団体は、法律や規制の理解について、組織の専門知識を活用しています。また、会社の職場でのベストプラクティスの実践を通して、メンバー企業の経験を活用しています。このユニークなリソースとスキルの組み合わせによって、協力が得られます。
労働問題、労働倫理、従業員の福祉に関して中国の企業家を敏感にさせることで、企業の設立と運営を成功させることができます。さらに、企業が地方の使用者団体に加入することで、これらの成果を達成することがより容易になります。
中国企業連合会をリーダーとした使用者団体は、東アフリカ共同体における協調的労使関係構築のためのガイドラインを策定しました。中国企業連合会は東アフリカ共同体に投資している中国企業の労使関係に関する調査を行いました。これらの企業が直面している共通の問題を調査し、彼らの経験と労使関係に取り組む際の教訓をまとめました。
この実践ガイドは、東アフリカ諸国の労使関係の特徴を中国企業がよりよく理解する手助けとなるように編集されています。地元の使用者団体と協力して、企業は協調的労使関係を構築するよう指導されます。