AOTS海外労働関係情報メールマガジン 第129号~第131号

Contents

企業のベストプラクティス

 1.在宅勤務/テレワーク
 2.勤務時間
 3.給与その他の手当
 4.業績評価
 5.人材開発
 6.サービスのデジタル化
 7.労働安全衛生
 8.労使関係

企業事例

 製造業:スプラッシュ・コーポレーション
 サービス業:アップローン・フィリピン
 農業関連産業:カーギル・フィリピン社

 

コロナウイルス感染症が急速に拡大したため、フィリピン共和国政府は、2020年3月16日にルソン島全域を対象として、強化されたコミュニティ隔離措置(ECQ)を実施した。人々の移動は制限され、家を出ることが許可されるのは基本的な生活必需品を入手する場合に限られた。公共交通機関の運行は停止され、陸・海・空路の移動も制限された。こうした事情に迫られて、あらゆる企業は早急に業務とサービスをこの社会状況に適応させ、デジタル化しなければならなかった。   

企業の
ベストプラクティス

1. 在宅勤務/テレワーク

フィリピン共和国政府が実施したECQは、産業界にもたらす悪影響についてほとんど考慮されていなかったため、大半の企業は、迅速に適応することができなかった。対面接触を減らすための移動の制限と厳格な検疫措置が実施されたことにより、企業は、事業の継続性の維持、従業員の生産性の維持、および従業員の雇用維持のために、時差勤務やジョブローテーションと組み合わせた在宅勤務/テレワークといった代わりとなる労働スキームを採用せざるを得なくなった。フィリピンでは従業員が毎日職場に出勤するという勤務形態が伝統的であったため、多くの企業が在宅勤務のメリットを認識しているが、一部の企業はその移行に苦労している。

在宅勤務制度にはさまざまな利点があるが、多くの企業にとって現在の課題は、従業員の安全を確保しつつ、どのように従業員を管理し、進捗状況や生産性をオンラインで常時把握するかという点にある。在宅勤務制度の成功には、雇用主と労働者双方のコミットメントが求められる。調和のとれた労使関係を維持するためには、労使双方が在宅勤務の実施方法を受け入れるとともに、双方が現実的かつ柔軟に、互いの状況に配慮すべきである。

この極めて異常な状況下で通常通り事業を運営するために、ますます多くのオフィスワークを基本とする企業が在宅勤務のスキームを強化している。包括的な在宅勤務方針は、雇用主が在宅で勤務する従業員を管理するのに役立つ不可欠なツールである。方針には、在宅勤務制度の意図および達成すべき目標が明示されていなければならない。ガイドラインを整備することにより、雇用主は自らの道をよりはっきりと進むことができ、新しい労働環境を理解することができ、従業員がオフィス以外で勤務を開始する際によりよい指導を行うことができ、かつ、従業員の安全を保ちつつ、その生産性を確保することができる。従業員が雇用主に対して果たすべき責任は、すべてではないにしても、そのほとんどは変わらない。在宅勤務の環境下でも、雇用主に対する説明責任のレベルは変わらない。
 

2. 勤務時間

労働雇用省は、雇用主のさまざまな窮状に応じた発行物を作成することによって、企業が従うべき最低限の基準を設定している。最近発行されたのは、「2019年新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の継続的な勃発に伴う救済措置としてのフレックスタイム制の導入に関するガイドライン」として知られる、2020年シリーズの労働勧告第09号である。労働勧告では雇用主に対して、代替的な対処メカニズムおよび救済措置としてフレックスタイム制を導入することを奨励している。一部の雇用主は、勤務時間を厳格に定めることを止め、フレックスタイム等を導入し、従業員が新しい生活様式で働くことを可能にした。

労働雇用省は、「事業再開時の雇用維持に関するガイドライン」(2020年シリーズの労働勧告第17-B号)も発行している。労働勧告第17号では、経営権の原則を認める一方で、労働者の雇用を維持するよう雇用主に呼びかけている。その目的は、フィリピンが現在直面しているような困難な時期に、雇用を確保することで労働者を保護することにある。困難な状況に陥り、営業損失を被っている企業には、代替的な勤務形態の採用が奨励されている。

国のガイドラインに従って、従業員が労働環境の急激な変化に対処できるよう、勤務時間の短縮や圧縮労働時間制(週あたりの総労働時間は変更せずに就業日数を少なくする)を導入した企業がある一方、標準的な1日8時間労働の維持を選択したり、独自の制度を実施したりする企業もあった。

3. 給与その他の手当

ルソン島全域でロックダウンが実施された際、雇用主は従業員がロックダウンに備えることを支援するために、速やかに給与を支払った。企業の中には、従業員の給与を無条件で全額支払った企業や、1カ月分の給与を前払いした企業さえあった。雇用主は従業員に現金報奨や報酬も支給し、さらなる支援を行った。

労働雇用省は労働勧告第26-20号「取引口座を通じた賃金その他の金銭給付の支払い」を発表し、雇用主が従業員の賃金や手当の支払いに口座振込や電子マネー等のデジタル手段を利用することを奨励した。(フィリピンでは従来現金による給与支払いが多いが)賃金の支払いにデジタル手段を利用することによって、雇用主は従業員の給与やその他の手当をより適切に管理できるようになる。

4. 業績評価

在宅勤務者の生産性の評価方法についても明記する必要がある。企業は、従業員が満たすべき期待値に基づいて、従業員の業績を評価しなければならない。在宅勤務者と円滑に業務を遂行するためには、すべての期待値を非常に明確かつ具体的に設定することが重要である。雇用主は、在宅勤務者の進捗状況を完全に管理することはできないため、進捗状況、業績および生産性を測定し、維持するための手法を再構築することが、極めて重大となる。期待値を提示した後、業績評価を管理するために、多くの企業がさまざまなGoogleのアプリケーションや行動監視アプリケーションの利用を開始した。在宅勤務の環境は、アウトプットをより重視した環境になっている。雇用主は現在、従業員の業績の管理にあたり、従業員が提出するアウトプットに頼っている。在宅で勤務する従業員は、所定の期限内に対応しなければならない具体的な成果物を与えられる。

5. 人材開発

新型コロナウイルス感染症の大流行が世界経済やビジネスに引き続き混乱をもたらしている中、人事の専門家の重要性がかつてないほどに高まっている。パンデミックが職場の変革、特にリモートワークを加速させる要因となり、人事部はこの変化する環境に適応して、新たな優先順位を設定し、効率的に働くための新たな方法を見つける必要があった。

パンデミックの最中、従業員は経営陣や人事部に指針を求め、自らの健康を心配し、在宅勤務などの新しい働き方に適応しつつある。今まで以上に、従業員の全体的な健康状態を測定し、フォローする必要性が生じている。フィリピンの雇用主は、さまざまな問題について組織を診断するためのツールとして、従業員意識調査の利用を強化している。このパンデミックの最中の従業員の全体的な健康状態、企業がそのミッションおよび価値観を従業員に伝えて効果的に実行することができているか、職場環境の質などが主な調査対象である。雇用主はまた、事業の継続性を確保するために、組織の戦略を再考し、再定義しなければならなかった。雇用主が目指しているのは、エネルギーと資源を集中させ、優先順位を正しく設定し、従業員およびその他のステークホルダーが共通の目標に向かって努力していることを保証し、事業活動を強化し、かつ、組織の方向性を調整することである。
 

6. サービスのデジタル化

パンデミックの悪影響の一つは、オフィス業務の再開、顧客訪問、または対面式の会議や研修プログラムの実施ができないことである。リモートワークやデジタルリテールは、事業を持続させるための企業のデフォルトとなった。

企業はデジタルトランスフォーメーションにおける最優先事項として従業員のエンパワーメントを掲げ、リモートワークを行う従業員に、安定したインターネット接続、ノートパソコン、別の便利な仕事場などのツールセットを確実に提供するようにした。企業はまた、Zoom、MS Teamsなどのデジタルプラットフォームを利用して従来の対面式の対話を可能にし、顧客を引き付けることができた。企業は今まで行われていた方法を効果的に再構築するために、業務活動の合理化を通じて事業活動を最適化した。

7. 労働安全衛生

この世界的なパンデミックにおいて、雇用主にとっては、全従業員の安全と健康が最優先事項となる。従業員とその家族、顧客、ビジネスパートナー、そして地域社会の住民の生命を守るために、効果的な労働安全衛生(OSH)対策を構築し、実施することによってはじめて、事業の継続が可能になるのである。

ロドリゴ・ドゥテルテ大統領は早くも2020年3月8日に、新型コロナウイルス感染症が国家安全保障に対する脅威になると認識し、布告第922号によってフィリピン全域に公衆衛生上の緊急事態を宣言した。その結果、2020年5月1日に「新型コロナウイルス感染症の職場での予防と管理に関する貿易産業省・労働雇用省の暫定ガイドライン」が発表された。これは、労働者の安全と健康を確保するための雇用主と従業員の責任を具体的に示したものである。

とりわけ、雇用主は新型コロナウイルス感染症の予防と管理のために、従業員と協議の上、必要な企業方針を提示することが期待される。雇用主はまた、従業員の健康と職場の安全を維持するために必要な、マスク、石鹸、殺菌剤、消毒薬、個人用防護具などの物資を配布することが求められる。企業においても、物理的な距離の確保、定期的な消毒、マスクの着用、体温画像診断の対応、健康状態に関するアンケートの実施など、新型コロナウイルス感染症の予防および管理措置を監督する安全管理者を任命することが要求される。最後に、雇用主は、従業員への健康保険の提供を強化し、自覚症状のある場合に従業員が報告する新型コロナウイルス感染症のホットラインおよびコールセンターを設置し、「疑わしい」従業員の状態を毎日監視する仕組みを構築することが義務付けられている。

8. 労使関係

社会的対話は、企業と従業員双方の関心とニーズを満たす適切な対応のために不可欠な役割を果たしている。フィリピンでは、労使間で活発な意見交換がなされている。フィリピン経営者連盟(ECOP)は複数の労働組合と、国内の労働者と使用者の関係を引き続き強化するためのイニシアチブをとっている。また、労使に関わらず、ステークホルダーは協調して社会問題および労働関係の問題に対処している。

企業事例

製造業:スプラッシュ・コーポレーション

フィリピンが誇るパーソナルケア製品の民間企業であるスプラッシュ・コーポレーションは、新型コロナウイルス感染症の大流行に誰もが不意を突かれたときに、産業界を主導することができたモデル企業の1つである。急激に増加した洗浄製品、消毒製品の需要に対応する一方で、同社は従業員の健康を優先することを忘れなかった。

ルソン島全域でロックダウンが実施された際、スプラッシュ・コーポレーションはどの機能を在宅勤務制で実施できるかを特定した。オフィスに勤務する全従業員の半数が在宅勤務を導入した。同社はまた、従業員の士気を高め、自己啓発を支援するために、オンラインでの従業員エンゲージメント活動を開始した。従業員エンゲージメントの取り組みには、以下のようなものがある。

 (a) よくある質問とその回答(FAQ)の定期的な配信

 (b) スプラッシュの従業員のバーチャルな会合の場である「おかえり、スプラッシュの仲間たち!」の設営

 (c) 新型コロナウイルス感染症に関する抜き打ちクイズの定期的な投稿

 (d) オンライン食料品店、オンライン薬局、オンライン学習の機会、および自宅での運動ガイドからなる「バーチャル・ケアパック」の提供

 

同社は、パンデミックという未曾有の事態の中で必要な、精神的・感情的なサポートを従業員が受けられるようにした。上記に加えて、スプラッシュ・コーポレーションでは、従業員の士気をさらに高めるために2種類のプログラムも開始した。(a) 全従業員を対象とした業績ベースのインセンティブプログラム、および (b) 工場勤務の従業員を対象とした表彰プログラムである。同社は、勤務環境の突然の変化はあるものの、従業員にとって調和のとれた環境を築くことで、リモートワークを管理することができた。

製品ラインナップに殺菌製品が含まれていたことは幸運であったものの、パンデミックの最中に他の製品すべてが必需品ではなくなってしまったため、同社は深刻な財務上の損失を被った。スプラッシュ・コーポレーションは、同社のブランドを維持するために、どのように新機軸を打ち出し、戦略を立てることが可能かを検討した。ソーシャルメディア・プラットフォームを利用してターゲット層にアプローチし、必需品ではない製品を売り込むためのさまざまなキャンペーンを展開した。同社はマーケティングを強化して、パンデミックの間は必需品ではないとみなされている同社の他の製品を、「パンデミックの最中」という機会をとらえてオンラインでの存在感を高めた。

従業員からの不平申立ての処理に関しては、同社は常に従業員の懸念に耳を傾け、優先的に対応している。新型コロナウイルスが発生した際、同社は、パンデミックが会社全体にもたらす影響について従業員が理解していたため、従業員との交渉にほとんど苦労することなく新しい方針を導入することができた。スプラッシュ・コーポレーションは、従業員のニーズに対応し、会社が提供できるあらゆる方法で従業員を支援することにより、従業員が取り残されていると感じないようにすることが重要だと考えている。経営陣と従業員の双方が、相手方が直面している課題を理解することができたため、両者の相反する利益の間で妥協点を見つけ出すことができた。

サービス業:アップローン・フィリピン

オンラインで企業のプラットフォームを確立したことで、パンデミックという未曽有の時代に、アップローン・フィリピンは非常に機敏に対応することができた。同社は、給与連動型ウェルネスサービスを提供する革新的プラットフォームを提供しており、従業員のウェルネスを実現するためには、経済的なウェルネスが重要な柱の一つであると考えている。

同社の最優先事項は、自社の従業員のウェルネスである。新型コロナウイルス感染症の危機の中、アップローンは、給与の全額支払いや単発の現金支援手当を支給し、フレックスタイム制および在宅勤務制を導入することで、従業員の保護に努めた。移行期間中に従業員を支援するために、同社は、「アップローンの全社員参加型対話集会」や「#(ハッシュタグ)健康診断プログラム」などの、従業員エンゲージメント活動を実施した。同社は、雇用主と従業員の間で効果的なコミュニケーションをとることの必要性を強調した。「コミュニケーションという名のゲーム」のようにコミュニケーションをとりながら協力することが、効果的なコミュニケーションにつながる。

従業員を戦略的計画の中心に据え、従業員の利益を常に考慮し、従業員を企業の意思決定プロセスに必ず参加させなければならない。さらに、従業員の健康と安全も、企業の優先事項の一つでなければならない。同社は、従業員の懸念に適切に対処することができるよう、雇用主を支援する人事部の役割も強調している。

農業関連産業:カーギル・フィリピン社

カーギルは150年以上にわたり、安全で責任ある持続可能な方法で世界を豊かにすることに取り組んでいる、世界的な食品・農業関連企業である。同社はフィリピンで70年以上にわたり事業を展開しており、穀物の取引・販売、動物の飼料、ココナッツオイル、食品・飲料の原材料、カラギーナン、鶏肉など、地域の食品から農業サプライチェーンに及ぶポートフォリオを有している。同社は現在、フィリピン国内で2,300人以上の従業員を雇用している。

3月中旬にルソン島全域で強化されたコミュニティ隔離措置(ECQ)が発動された際、カーギルは2つの主要な勤務形態を導入することを決定した。ECQの精神に従って、同社はオフィスに勤務するすべての従業員に在宅勤務を行うよう宣言した。製造工場に勤務する従業員については、労働者のローテーション勤務を導入して政府の食料安全保障構想を支援するとともに、パンデミックの最中も、できるだけ多くの従業員に給与を支払い続けた。すべての工場では、ソーシャル・ディスタンスの厳格な措置、安全衛生手続き、および強化された衛生慣行が徹底された。

従業員支援の面では、従業員に感染が疑われるか、予想されるか、または確認された場合には、全従業員を対象に、前年の余った病気休暇の使用を許可するとともに、14日の特別休暇を付与した。さらに、従業員のカテゴリー別に、割増賃金、食事手当、出勤率に応じた追加休暇の取得から、シャトルバスの運行や工場周辺の宿泊施設の提供まで、さまざまなプログラムが導入された。工場の一部従業員は、個人の衛生用品や食料品からなるケアパックなどの特別な現物支援も受け取った。

在宅勤務者は、時間を最大限に活用し、チームの積極性と生産性を維持するために、同社はさまざまなオンライン学習のツールや機会を提供した。既存の学習リソースを補完するために、パンデミックに合わせて設計された、安全かつ健康であることを目指した特別な学習プラットフォームが立ち上げられた。

カーギルでは、人を第一に考えることを常に基本的価値観の一部としてきた。パンデミックが続く中、カーギルは全従業員の健康と安全を確保するために真剣に努力している。同社は、この長引くロックダウンの下で困難な状況に置かれており、的を絞った支援が必要なグループが全従業員の中にいないかどうか、絶えず注意を払っている。