Contents 1.マレーシア企業における情報通信技術(ICT)導入状況 |
1. マレーシア企業における情報通信技術(ICT)導入状況
(1) マレーシアにおける国際化と新技術の活用の現状
国際化と新しい情報技術の進展により、マレーシア企業は地理的に制限されないボーダーレスなパートナーを持つようになった。そのためグローバルサプライチェーンの成長により、部品調達や技術、生産が分散し、サプライチェーンネットワークが一層複雑となった。
マレーシアは厳しい競争に直面しており、企業は各市場での競争にさらされることに加え、各種基準や環境問題に関する国際規制等、対処すべきことが増えている。さらに、価値観の変化や新サービスの登場などの影響を受け、顧客の行動も刻々と変わっており、企業は社内の運用システムを再考せざるを得なくなってきている。
(2) 中小企業へのICTの適用
マレーシア経済界の98.5%を占める中小企業において、近年はICT(情報通信技術)を活用する企業が増えている。日々の仕事でコンピュータ・スマートフォン・タブレット端末を使用することは最早当たり前のことであり、業務でのインターネット使用率も66.2%となっている。また、中小企業のオンライン事業への参入も増えていることが分かった。2017年の第3四半期では、約28.0%の中小企業がオンライン事業に関与しており、その売上のうち30.0%がオンライン販売によるものである。オンライン事業に関与する企業のうち約26.5%が、LAZADA.comやAlibaba.comなどのECサイトをオンライン事業に活用している。オンライン事業に関与する企業の17.8%がオンラインで商品やサービスを輸出しており、オンラインでの合計売上に対するオンライン輸出による売上は20.0%であった。(出展:3Q 2017 SME Surveys, SME Corp Malaysia)
生産性に着目した調査ではさまざまなデジタルツールを活用する場合に生産性が上昇していることが分かった。例えば、営業活動や売上、顧客情報のデータを整理・保存・表示するデータ管理サービスを活用した中小企業は、生産性が最大60.0%上昇しているのに対し、電子取引を活用する企業では27.0%、ソーシャルメディアを活用する企業では26.0%生産性が上昇した。
(3) 産業のデジタル化 – 製造部門
マレーシア国際貿易産業省によると、現在マレーシアの製造部門全体は2.0(大量生産)から3.0(自動化)の範囲内にある。しかし、電子工学や航空宇宙、自動車部門では、自社でインダストリー4.0に移行したり、インダストリー4.0を取り入れる傾向が既に顕著である。デジタル化に向け、マレーシア政府は2019年度予算において、3億リンギットの産業デジタル化資金を用意し、自動化やロボット工学、AIを促進させるスマート技術の活用を加速させることを目指している。
Industry4WRDとは、製造部門及びそれに関連するサービスのデジタル化を求める声に対するマレーシアの回答である。企業が体系的かつ包括的な方法でインダストリー4.0を活用し、人とプロセスと技術によってより強くスマートであることを目指している。インダストリー4.0により導入される「スマート工場」では、サイバー物理システムがリアルタイムで工場内の物理的進捗具合を監視し、分散的な決定を行うことができる。
(4) 銀行業務
2018年EY国際銀行業見通しによると、アジア太平洋(マレーシア含む)の銀行の過半数がデジタル面で成熟するか、デジタル面で中心的な立役者となる見込みである。あらゆる銀行が費用を抑え作業効率を高めるために、技術へ投資を行っている。従業員に新たな技術の取得や向上が求められるなか、マレーシアで調査対象となった全ての銀行においても、人材の雇用・開発・つなぎ止めが最優先事項の1つとなっている。(出展:NST Business - 2018年2月5日)
銀行はデジタルチャネルを活用して、顧客の注目を惹きつけ繋ぎとめるための様々な方策を打ち出している。例えば、Maybankはフィンテックを地方に広めるため、Sandbox17を立ち上げ、スタートアップやイノベーターに新しいアイデアを試す機会を提供している。ASEANで初となるこの試みにより、スタートアップ企業が銀行グループ内のデジタルや技術に関する専門知識を活用し、アイデアを具現化させることができる。銀行は地方の開発者、事業者、研究機関、スタートアップが集まる場を提供することで、地方のフィンテックを加速的に成長させることを狙っている。(出展:Accenture Faster Than Ever - Can Malaysia’s Top Companies Win in the Digital Age)
2. ICTの導入により生じる労働関連の課題
(1) 問題、課題、チャンス
マレーシアの企業は将来のデジタル化へ対応するために様々な課題に直面している。デジタル化や技術の進展、労働組織の大きな変化、人口変動、環境変動、さらに商品の新しい生産方法やサービスの新しい提供方法により、チャンスが増えると同時に課題や問題も顕わになりつつある。さらに、自動化の採用や雇用創出が行われ、新規市場が作られる一方、既存の仕事が消滅・再構成されている。
マレーシアのブロードバンドは比較的安価であるが、平均速度は遅い部類に入る。 その他に、中小企業がデジタル化において直面する問題として知識・技術資金の不足が挙げられている。
中小企業がICTを導入しやすくするため、中小企業向けの資金調達、技術、能力開発面、ネットワーク作りや規制に関するロビー活動等での協力が必要である。
(2) 具体的な問題や課題 - 労働市場と人材管理の観点から
労働力の流動性
デジタル化に際して、労働市場には勝者と敗者が生まれる二極的な影響がもたらされる。デジタル化の波に乗るために必要な能力を持った労働者はより高い賃金を得られるが、マレーシアでの仕事の54%(うち80%がミドルスキルを要する仕事)が、今後10から20年内に自動化される可能性が高い。(出典: Ng, A. (2017). ‘The Times They Are A-Changin’: Technology, Employment and the Malaysian Economy’, KRI Discussion Paper 28 April 2017, Khazanah Research Institute, Kuala Lumpur)
さらに、ほぼ全ての仕事で10年以内にICTスキルが必要となる。マレーシアの金融部門における技術の進歩(フィンテックなど)は、金融部門におけるホワイトカラーの仕事を既に根絶しつつあり、銀行業や投資が担う旧来の役割が置き換わりつつある。2015/2016年には、金融技術の導入により銀行が積極的にオンライン取引を取り入れた結果、約18,000人が職を失った。保険会社もロボット工学への参入を開始しており、ロボット1台で10人分の作業をより効率的に行うことができる。
デジタル経済に必要な能力を開発するには、科学や数学などの理系科目の強力な基盤が必要となる。現在、マレーシアにおける理系科目の水準は上昇しつつあるが、ほとんどの先進経済と比較すると遅れをとっている。今後マレーシアの大学では、芸術や社会科学分野からの卒業生が多くなる一方、科学、技術、工学、数学(理系科目)及び技術分野からの卒業生が減る見通しである。この問題は対処されておらず、技術やデジタルが発展する経済において、この傾向は能力のミスマッチを生み出し続けることとなる。自動化の進展により、肉体労働がロボット等に置き換えられるため、労働者は新しい能力や資格を高めることが必要となる。そのため、教育や訓練における遅れを取り戻し、ロースキル・ミドルスキルの労働者に新しい能力や資格を取得させ生産的に働かせることが不可欠である。
高度なデジタルプロセスを利用することで、雇用主のニーズと個人の能力をより良くマッチングさせ、労働市場の効率性が向上する。求人を行うにあたって、企業が世界の人材情報を得られるインターネットは重要性を増しつつある。
多国籍企業の拡大
マレーシアでもUberやGrab、Kaodim、Airbnbなど、オンラインプラットフォーム企業の出現に伴い、サービス提供者はそのサービスに対する需要に応じて都度、一般の人へリアルタイムでサービスを提供することができるようになった。マレーシアには10社のタクシープラットフォーム企業があり、そのドライバー20万人のうち75%がアルバイト労働者である。マレーシアでGrabなどの乗車サービスに登録したドライバーは自営業とされ、企業の従業員として扱われない。
3. ICT技術が今後のマレーシア労働市場に及ぼす影響
(1) 労働環境の急激な変化
新技術により、失われる仕事よりも生み出される仕事の方が多くなるのか、または、今と異なる低い雇用率の均衡状態となるのか、これを判断できるデータはまだない。しかし、マレーシアが真剣に取り組むべきことは、学習能力の開発スピードを高めることである。今後どの能力がより求められるかを正確に予測することは難しいが、明らかになったことは、自動化されやすい作業は、作業が肉体労働かホワイトカラーか、質が高いか低いかでは決まらず、手順が決まった業務かどうかで決まるということである。理系科目の能力や、健康・福祉などの特定の部門の急激な成長が、今後の雇用機会の推進力として現れ始めている。しかし、多くのタスクや仕事において、説得力や創造力、共感、リーダーシップ、チームワークなど、より感情に基づく個人的な能力も必要となってくる。
こういった課題に対処するため、近年の発展に関する情報を政策立案者に提供するための適切な労働市場統計を収集することが必要である。TalentCorpは世界銀行の労働市場情報分析機関(ILMIA)と協力して作成した「国内重要職業一覧」(COL)を活用して、マレーシアの重要な成長部門における高度な技術を要する職業を特定することにより、マレーシアで最も必要とされている能力や人材に関する網羅的なマップを作成した。COLは、国内労働市場統計の分析と、雇用主や産業組合とのシンジケートや面談を経て作成された。
2016/2017年発行のCOLでは、マレーシアで求められている高度な技術を要する10の職業を挙げている。
1.電気機械技術者
2.システムアナリスト
3.大学・高等教育機関の専門講師
4.船舶エンジニア(飛行機、航空技術者)
5.研究開発マネージャー
6.ICTマネージャー
7.数学者・保険数理士・統計学者
8.電機エンジニア
9.テレコミュニケーションエンジニア
10.グラフィック・マルチメディアデザイナー
(2) 雇用の多様性
人口動態の激変により、労働力は多様化した。ミレニアル世代が労働力となりつつある現在、仕事のやりがい、定期的な学習機会、積極的なキャリアアップへの期待が高まっている。事業の国際化により労働力も多様化し、人々をつなげる包括的な共通の信念が必要となっている。役員達はデジタル技術を活用して職場を再構築するほか、事業を成功に導くための戦略として、多様性と包括性、そして強力な学習文化を重視している。
(3) ギグエコノミー
人材需要の高まりを受け、マレーシアの企業はアルバイト労働者や派遣社員を積極的に活用している。現在、派遣社員、契約社員、アルバイト労働者が労働力全体の3分の1を占めているが、多くの企業でこういった労働力を管理するための人材に関する慣習や文化、リーダーシップへのサポートが不足している。ギグエコノミーの際立った特徴として、柔軟性と遠隔性の他に多様性がある。政府組織であるマレーシア・デジタルエコノミー公社(MDEC)は、不完全雇用のマレーシア人をギグエコノミープラットフォームへ移動させるためのプログラムを立ち上げた(eRezekiやeUsahawanなど)。eRezekiはマレーシア人がオンラインで作業をこなすことにより収入を得られる仕組みのウェブサイトである。この作業には、画像の確認、コンテンツの執筆、スパムのフィルタリング、データベースの編集、データの入力、タグ付けされた写真の確認などがある。eUsahawanプログラムでは、職業訓練学校や技術学校の訓練生に対して、オンライン事業を立ち上げるための起業カリキュラムを実施している。2016年3月時点、マレーシア内の4つの機関の147校で実施されている。
4. AIが今後のマレーシア労働市場に及ぼす影響とマレーシア政府の役割
(1) 労働力のAIやロボットへの置き換え
自動化されやすい作業は、作業が肉体労働かホワイトカラーか、質が高いか低いかでは決まらず、手順が決まった業務かどうかで決まるということは、前号(107号) 「労働環境の急激な変化」で述べたとおりである。理系科目の能力や、健康・福祉などの特定の部門の急激な成長が、今後の雇用機会の推進力として現れ始めている。しかし、多くのタスクや仕事において、説得力や創造力、共感、リーダーシップ、チームワークなど、より感情に基づく個人的な能力も必要となってくる。
デジタルプラットフォームの拡大や、消費者の好みの変化により、金融サービスの提供における変化が加速している。実店舗を訪れる人が減り、インターネットで取引を行う人が増えている。2017年、銀行のオンライン取引を530万人以上が使用した結果、実店舗での取引数が減少し、36の実店舗が閉鎖された。技術の進歩により、金融機関が顧客の好みや競争環境の変化に対してより素早く対応できるようになった一方、金融部門における労働者の構成や能力範囲が今後変化せざるを得ないという報告もある。(出典:Ian Lee Wei Xiung and Elysia Lim Fei Ying “Bank Financial Sector: Employment Conditions and Preparing the Workforce for the Future”)
(2) AIによる人材管理・開発
デジタル技術はビジネスモデルに混乱をもたらし、職場や仕事のやり方を大きく変えつつある。デジタル技術が企業で行うほぼ全ての商品やサービスの設計・製造・供給の方法を変えつつある。一方、デジタル・ディスラプションやソーシャル・ネットワーキングは組織における人の雇用や管理、支援のあり方を変えた。革新的な企業は、デザイン思考や行動経済の規律を導入し、「デジタル人材」と呼ばれる新たなアプローチを活用することで、仕事を平易にし、改善した。
企業と労働者間で新しい社会契約が作られ、雇用主と被雇用者の関係に大きな変化をもたらしている。若い世代はいくつかの仕事を渡り歩き、それぞれにおいて豊な経験を積むことを望んでいる。そのため、急速なキャリアアップ、魅力的かつ柔軟な職場、仕事のやりがいに対する期待が高まっている。
企業は積極的に生涯教育・学習の機会の改善や提供をしていく必要がある。教育や能力への投資に関する決定や、現在の挑戦的な環境における個人のキャリア選択について知らせるにあたり、よりリアルタイムできめ細か、全体的かつ動的なデータを活用することが必須である。教育部門はより綿密に事業者と協働し、今後必要とされる能力を得られるよう教育プログラムを作成・適宜更新する必要がある。
全てのマレーシア人が今後のために持つべき重要な能力とは、生涯にわたって学び続ける力である。ここでは、雇用者は人生のはじめの20年間の学校学習に留まらない、全ての人に生涯学習を教え込む制度を提供することが必要である。学習は、自主的でありながら、一方で政府からの助成金や企業による学習支援制度等の援助を受けてなされるべきである。被雇用者は、自分自身の可能性を最大限発現させるための、責任と自主性を起こす刺激となる規範及び環境を持つことが必要となる。
雇用主は、従業員に仕事のデジタル化に必要な知識や能力を身につけさせ、人材を囲い込むことが重要である。そのためには時間も資金も必要である。
ここでは事例を1つ挙げる。Sime Darby BhdはSime Darby Digital Supervision(SDDS)と呼ばれるGPS機器を活用して、外部からリアルタイムでのオンライン報告が行える仕組みのもと、外勤職員を支援する活動を行っている。この技術により、社外営業活動の透明性が向上し、社内の管理職や秘書、監督者とのコミュニケーションの障壁がなくなるため、より適切かつ迅速な決定が行えるようになった。(出展:Accenture Faster Than Ever - Can malaysia’s Top Companies Win in the Digital Age)
(3) マレーシア政府の対応
マレーシア政府はデジタル経済の重要性を認識し、デジタル化を目指した一丸となった活動を実施している。第一に、教育システムでは生涯学習を重要視し、理系科目への興味を引き立て、ICTリテラシーの取得を必須としなければならない(例: 計算数学、ロボット工学、ピアツーピアラーニングなど)。必要な能力が変化する中、政府や企業はMassive Open Online Coursesを通じて能力取得機会の提供や報償を行うことで、能力向上の意欲を高めなければならない。シンガポールのSkills Future Programmeのように、労働者の能力を継続的に向上する国家的な枠組みがあれば、保護の必要がある労働者を失業から守ることができる。現在は、労働者のわずか13%のみが能力向上訓練を受けている(HRDF, 2016年)。